プロローグ① ガンマン探偵

 男、ジョーアン・アルレッキーノの朝は早い。

 まだ日が昇った直後だというのに、彼はベッドから身を起こす。

 不潔感こそないぼさぼさの金髪をオールバックに撫でつけ、あくびを一つしながら起き抜けの背をぐっと伸ばす。

 20代だというのにところどころ残る無精ひげのせいか、実年齢よりも老いて見える。

 まだ眠い体を無理やり動かし、彼は食事のためにキッチンへと向かう。

 朝食はいつも、砂糖たっぷりのコーヒーとグリルドチーズ。

 ピザのようにチーズがよく伸びるほどまでしっかり加熱するのが、彼のこだわりだった。

 食事を終えた彼は、すぐに自身の仕事部屋へ急ぐ。

 書類とファイルが散乱した薄暗い部屋。

 足の踏み場にさえ困るその部屋には、一人の犯罪者に関するニュース記事で埋め尽くされていた。

 殺し屋『配信者』。

 ジョーアンの探している人物の通称だ。

 殺し屋と言われているが、一切の情報がない。

 男なのか女なのかさえわからない。

 ただわかっているのは、自身では一切手を下さないということ。

 そしてターゲットが死亡するところを撮影し、インターネットの自身のチャンネルで投稿していることだ。

 表では決して写せないほどに残酷な死体の数々を

 アメリカ各地で活動しているこのイカれた犯罪者を捕えんと、FBIが動いているという都市伝説のような人物。

「……」

 書類に目を落とした男の手に、力が籠められる。

 険しくなった男の顔。

「……てめぇは、いったいどこにいやがるってんだ」

 つい、複雑な感情がこもった声が漏れる。

 そんな時、不意に顔が時計に向けられた。

「げっ、時間だ」

 焦ったように機敏に身支度を始めた。

 着古したジーンズとブラウンのジャケット。

 腰と脇にそれぞれホルスターを装着し、銃を突っ込む。

 腰にリボルバー、脇にオートマチック。

 ちぐはぐな装備だが、これでいい。

 目的の人物をこの手で仕留められるなら、なんだって。

「……さて、行くか」

 深呼吸を一つして、男はお気に入りのテンガロンハットを被り、ガレージへ通じる扉をくぐる。

「あ、お兄ちゃん、おはよう!」

 無骨なガレージに、元気な声が響く。

 作業服を纏った、まだ10代後半くらいの少女。

 ジョーアンのものと同じ髪色の彼女は、そばかす顔に滴る汗を拭う。

「おう、リーラ。もう車の方は使えるのか?」

「もちろん! でも、もう荒っぽい使い方するのはやめてよね!」

「わかってるよ。もう荒い運転はしないって」

「……前もそう言ってたよね?」

「おいおい、俺が約束破ってたって言いたいのか?」

「この前はステアリング曲げて帰ってきたし、その前はエンジンがオーバーヒート寸前だったんだけど?」

「……いつも修理、ありがとうな」

 気まずそうに後頭部をかくジョーアンは、そそくさと修理が終わったばかりらしい車に乗り込んだ。

 いまだ抗議を続ける妹を尻目に、重厚なエンジン音を吹かせる。

「ああ! まだガレージ開けてないのに! ちょっと待ってよ!」

 慌ててリーラがガレージを開けると同時に、ジョーアンはアクセルを一気に踏み込んだ。

「……まったく、いつも勝手なんだから」

 溜息とともに妹は、ジョーアンが残していったグリルドチーズを頬張り、ほほを緩ませる。

 いつものように慌ただしい兄貴に文句を言いつつも仕方ないと半ばあきらめにも近い感覚で見送っているのだった。

 そんな時、ふと思う。

「そういえば、毎回慌ただしく出ていくけど、武装までしてどこ行ってんだろう?」

 疑問をつぶやくが、答える者などここにはいない。

 とはいえ、何か怪我して帰ってくるわけでもないので心配することでもないだろう。

 ふっと浮かんだ疑問もあっさり消し去り、改めて手元の朝食を楽しむことにしたのだった。

「~♪」

 当の本人であるジョーアンは口笛を吹きながら、愛車のハンドルを握る。

 目指すは、テキサスの田舎町。

 胡散臭い情報を頼りに、目的の人物に会うために。

「……さて、景気づけにハードなの頼むぜ」

 気分上々にラジオのスイッチを入れる。

 音が聞こえた途端、彼の顔が急激に変わった。

「……なんでこれなんだよ」

 彼の耳に飛び込んだのは、牧歌的なカントリーミュージック。

 バンジョーらしき弦楽器の調べにのせて流れる男の歌声に、ジョーアンは出足をくじかれた顔をして車を走らせた。

 心なしか、アクセルを踏んだはずの車体の速度を、ゆっくりと感じながら。


 

 

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