The Liars ~嘘つき達~

石動 橋

序章 与太話は突然に

 嗚呼、全く。

 全くもって、ついてないもんだ。

 悪態をつきながら俺は手元の酒を勢いよく煽る。

 カウンター席に流れる静かなジャズも、もはや耳に入らない。

 畜生、なんでこうなったんだよ。

 仕事でアメリカに来たはいいのだが、見知らぬ土地でいきなり迷うわ、重要な会議に遅れるわでいきなりやらかしてしまった。

 取引相手の柔和なアメリカ人は優しく許してくれたが、同じ日本人であるうちの上司はそうはいかないらしい。

 今から落とされるであろう雷が憂鬱で、こうしてホテル近くのバーで酒に浸って現実から逃げているのだ。

 嗚呼、糞。

 この仕事が決まった時の、調子に乗った自分をぶん殴りたい。

 いっそのこと、このアメリカ息の話が出た時点で後輩に譲ってしまえばよかったんだ。

 独り言をつぶやいて、手元の酒をもう一口運ぶ。

 その時だった。

「ヘイ! いい飲みっぷりだね!」

 軽快な口調が飛び込んできたのは。

 声に導かれるように視線を動かすと、こちらに向かってにこやかに手を振る美女が立っていた。

 見た目はまだ20代前半くらいだろうか。

 彼女の人種特有の黒い肌が、薄暗い店内によく映える。

 どこか年相応で人懐っこそうな顔立ちは、あったばかりの俺の警戒心を即座にほぐしてしまう。

 でもどうだろう。いくら自由の国アメリカとはいえ、その服装は何とかならなかったのか。

 ジャケットとホットパンツを身に着けているとはいえ、ほとんど水着じゃないか。

「誰かと約束してる?」

「い、いや、そんなことないけど……」

「そう? それじゃ、アタシと飲もうよ!」

 言うが早いか、あっさりと俺の隣の席に腰掛けるとバーのマスターにテキーラを注文する。

「このお店初めて?」

「ま、まあ」

「やっぱり! アタシこの店によく来るんだけど、お兄さん見かけたの初めてだからさ」

 運ばれてきたテキーラをまるで水のように飲み干していく。

 かなり度数キツい酒だろうに、そんなに飲んでも顔色一つ変わらないのは体質だからか?

「こっちでは珍しいけど、中国人?」

「いや、日本人だよ」

「へえ! そうなんだ! 知り合いに日本人いるけど、お兄さんはまだ話しやすい感じでうれしいよ」

 にっこりと笑いながら、彼女は話しかけてくれる。

 なんだか、気持ちが軽くなるな。

 こんな寂れたバーだけど、彼女みたいなのがいるなら来たかいがあったような気がする。

「それはそうとさ、お兄さん」

「?」

「飲みっぷりはいいけど、何か顔色は悪いよ。なんかあった?」

 急に、暗い感覚が戻ってきた。

 この娘もあっさりと聞いてくるな。

 そんなに顔に出ていたかな。

「……別に」

「そんなこと言わないでさ。ため込んでおく方が体に毒だよ?」

「だからって、さっき初めてあったばかりの人に……」

「じゃあ、いつ会った人ならいいわけ?」

「……!」

「むしろ、同じ時間をともにした人ほど言いにくいこともあるっしょ? 言って困ることならしゃべらない方がいいけど、心配事だの不安だのは、たった一時、こうして偶然酒飲みながら話してるくらいの奴の方がいいってもんよ」

 明日には、すっかり忘れてるもんさ。

 そう言って、さらに手元の酒を口にする女性。

 これを言われた俺は、きっとどうかしていたんだろうな。

「……まあ、仕事で失敗してね」

 少しずつだが、口が動く。

 きっと、酔いが回りすぎていたんだろうな。

 詳しいことは話さなかったが、それでも彼女は何も言わず、静かに聞いてくれた。

「……そっか、大変だったんだね」

 話し終えた俺を労う彼女は、さらに酒を注文する。

「無理やり聞いたみたいにしちゃってごめんね。ちょっとはスッキリできた?」

「まあ、その、少しは」

「そっか。ならよかったよ。お礼に、さ。一つ、面白い話を教えてあげる」

「? 面白い話?」

「うん!」

 子供のように笑う彼女は、もう一口酒を煽った。

「これは、とある物語」


「ある嘘つき達が偶然集まった、たった一夜の物語」


 少女のような。妖女のような。

 先ほどまでの天真爛漫で陽気な雰囲気の中に、わずかにぞくっとするような艶やかな空気が混じる。

 でも、なぜだろう。

 ここまで胡散臭いことを語る彼女の話を、聞いてみようと思ってしまう。

 そんな複雑な感覚のまま、俺は彼女の話に聞き入っていた。

 嘘か本当かわからない、他愛のない与太話を。

 

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