第21話 二次災害

 尋問で得た情報は、すぐさまエンドストップ内で共有された。

 その日の翌日、俺たちは情報をもとにアイスカイナのアジトの捜索を開始したが、問題が幾つも発生した。


 主に、雨のせいだ。


「隊長……雨のせいで、尋問で得た情報がほぼ役に立ちません」

「鬼灯、諦めるな。少しづつでも良い、少ない情報でも、一歩づつ前進するぞ」


 俺たちが当てにしていたのは、主にアジト周辺の景観の情報だ。

 道路に面しているかどうか、太陽は当たっているか、地下鉄は通っているかなど、それらの情報から、アジトの位置を特定するつもりだった。


 だが今にして、いくつも失念していたことがあったことを思い出した。


「テロが起こったあとだし、予兆の雨が降ってるし……どうします? 何から始めます?」

「少なくとも、アジト周辺の道路の情報は分かるだろ。なんでもいい。何かあるか?」


 さすがの俺も現場に資料は持ってきていないので、頭の中からその情報をひねり出して隊長に伝える。


「ええっと……車一台が通れるかどうかの細道はあるそうです」

「ほかには?」

「駐車場はなくて……その細道は、大きい道路から何キロも続いてて、その先にやつらのアジトがある、と」

「東京にそんな場所あるのか……?」

「俺は知らないですね」


 ────大人しく、アジトの場所を吐いてくれれば楽だったのに。

 そう思わざるを得ないほど、俺は隊長と頭を悩ませていた。


 俺たちの特権をもってしても、拷問などの暴力的な尋問方法は行えないので、ともかく、今ある情報でアジトを探すしかない、が────


「地図、見たら分かると思います?」

「東京の地図をか?」

「証言の内容に該当する地域を絞って、そこをあたる、っていう方法は……」

「……ひとまず、それでやってみるか」

「地道に、ですね。了解」


 自分で提案しておいてなんだが、一番とりたくない方法を選んでしまった。

 もしかして、救助活動の方が楽だったんじゃないか?と、そんな考えが頭をよぎった。



    ◇



 駐屯地に戻った俺と隊長は、東京中の地図を取り出し、それを大きな机に広げていた。


 俺たちが探したいのは、数キロメートルと続く細道だ。そのため細かいところまで観察できる、縮尺が大きめの地図を探さなければならず、地図の量はそれなりに多くなっている。


「あらゆる電波塔がへし折られてるし、いろんな施設が破壊されてるからスマホやPCは使えないし……あいつら本当にめんどくさいですね」

「愚痴をこぼすのはあとにしろ。三日以内に全ての地図に目を通して、アジトの候補地を絞るぞ」

「労基行ってきます」

「機能してるわけないだろ」


 地図に目を通すと、二十三区だけでも地図の線がかなり混雑している。絡まった糸の束のほうがまだかわいい。


 しかし、アイスカイナのアジトを特定するためだ。

 俺は覚悟を決め、道路一本一本を指と目で辿り始めた。


 ……


 ……


 地図とにらめっこを始めてから、一時間が経過した。

 とりあえず、二つほどアジトの候補地を見つけることができた。俺はその場所をしっかりとメモし、決して忘れてしまわないようにする。


 隊長も、候補地はいくつか発見したようだ。横目で見えた彼の表情には、まだ明るさが残っている。俺も、心にはまだかなり余裕があった。順調に進んでいるし、このままいけばもしかしたら今日中に終わらせられるかもしれない。


 それから五時間が経過した。


 終わりが見えない。東京ってこんなに広かったか? そう錯覚してしまうほどに、地図が広い。俺の指もプルプルと震え始め、目は痛みを感じるほどに乾いてきている

 ずっと座っている為か、足腰にも違和感を覚える。大丈夫だろうか? 血液は止まってないだろうか?


 隊長を見ると、五時間前と一切表情が変わっていない。覇気のこもった、威圧感のあるその顔からは、心の余裕が感じられる。

 俺はドン引きした。



    ◇


 いつの間にか、空が暗くなっていた。

 外からはまだ、雨音だけが響いている。少しの肌寒さを感じながら、俺はパイプ椅子から腰を上げた。凝り固まった体をほぐし、同じく休憩している隊長にガラガラの喉で話しかける。

「隊長、終わりました?」

 隊長の前には、みっしりと書き込みがなされた地図が大量に重なっている。

 その様子を見るに、あっちも作業が終わったのだろう。その確認でかけた言葉へ隊長は、たばこを灰皿に押し付けてから答えた。

「ああ、なんとかな」

「俺もです」そう答えた瞬間、俺は、体がふわりと浮かぶような感覚を覚えた。

 いや、錯覚だ。そう分かってはいるが、今はその軽さに任せて飛び回りたい気分だ。

 作業が始まってから、すでに十時間が経過している。その時間は、人間の心をストレスで満たすには十分すぎたのだ。

 今はとにかく、作業が一段落したことに深く安堵している。

「東京だけじゃ三日もかからなかったですね」俺は飲み物を一口飲み、続ける「明日からまた捜査ですか?」

 俺が発したその言葉に、隊長は眉根を寄せた顔で反応した。

 なぜそんな顔をするのだろう。アジトの候補地は絞り込んだのだから、次は捜査ではないのだろうか?

 返答を待っていると、隊長はロッカーから何かを取り出しながら答えた。


「まだ、ほかの都道府県が残ってるぞ?」


 ……

 ……

 ……?


 一瞬、頭が真っ白になった。

 隊長の言葉の意味が理解できなかった俺は、うわずった声で聞き返したが、同じ言葉しか返ってこなかった。

 頭にもやがかかったように、脳が理解を拒んでいる。俺は大きく深呼吸をして、さきほどの隊長の言葉を頭の中で反芻はんすうする。

 そうした上で、俺は蛇に睨まれた蛙のようになりながら、その言葉の意図を問いただす。

「……東京だけじゃ、ないんですか?」

「お前が尋問をしたやつらは、はっきり言ってたのか?」

「え?」

「アジトが東京にあるって」

 必死に、それはもう必死に、尋問した内容を思い出す。

 俺は記憶力が良いので、よほど小さなことでもなければ、大抵のことは覚えていられる。その俺が記憶の棚を必死に引き出しても、隊長が言った情報は出てこなかった。

 放心状態一歩手前の俺に、隊長は無慈悲な言葉の刃をふるう。

「さあ、仕事を続けるぞ」

 俺は頭を抱えながら、歯を食いしばって机に向かう。

 もうやけくそだ。アジトを発見したら、全力で戦って絶対に捕まえてやろう……そう、固く誓って。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る