第20話 仕事

 現在拘束しているアイスカイナの構成員は数千人に及ぶ。

 俺はそんな彼らの尋問をするため、駐屯地地下の広大な収容施設を訪れていた。だが────


「……ほとんど全員が寝ているのは、なんでですか? 呉羽さん」

「聞いた話ですけど、ここにいる構成員の大半は街中で見つかったらしいです。ですが、見つけた時には既にこの状態で、いつになっても起きないと」

「どういうことだ……薬、じゃないな────魔法か?」

「多分、そうだと思います」


 これをやったのが誰なのかは分からない。こいつらが眠らされていたおかげで、被害が今以上に広がらなかったのはありがたいことだが、起きてもらわないことには、俺としても少し困ってしまう。

 しかし、悩んでいても仕方ないので、今は別の手を使うことにする。


「仕方ないですね。俺らが捕まえたやつらから情報を引き出しましょう」

「あの五人ですか……いいですけど、気を付けてくださいね。やつらは断片級の魔法使いです」

「分かってます。俺よりも、呉羽さんは自分の身を守ってください」

「確かにそうですね。鬼灯さんが隊長と同じくらい強いのを忘れていました」


 そんな会話をしながら、俺は呉羽さんと収容施設の奥へ足を進めた。



    ◇



 収容施設内にある尋問室で、俺と呉羽さんは一人の男と向き合っていた。

 その男は、今も俺たちに向けて反抗的な目を向け、枷を解けばすぐにでも暴れだしそうな気配を漂わせている。


「鬼灯さん、記録をお願いできますか?」

「尋問内容のですね。分かりました」


 尋問室内の角っ子にある、小さな机の椅子に腰を掛ける。

 男は、部屋の中心にある椅子に、拘束具をつけたまま座らされた。机はない。ぽつんと椅子と男だけがあるその状態は、ちょっとした孤独感を覚えさせられる。


「……まず、名前を教えてもらおうか」

「威迫」

「本名を聞いたつもりだったが……ま、いい」


 呉羽さんは威迫と名乗った男の前に立ちながら、威圧的に質問を投げかける。

「仲間の数は?」「アジトの場所は?」「ボスは誰だ?」そんな王道の質問をいくつもしていたが、威迫は一切答えようとしなかった。


 だが、呉羽さんは余裕そうだ。何か策でもあるのか?


「じゃあ別の質問をしよう。なぜこんなことをした?」

「なぜ、だってェ……?」


 それまで顔色の変わらなかった威迫が、今の呉羽さんの言葉に顔を赤くして反応する。何か言いそうになっているが、必死にそれを我慢している様子もうかがえた。


「全く分からないんだよ。そんだけ強い魔法の力を持ってるくせに、なんでわざわざ犯罪なんかしちゃうんだ?」


 反応を見て煽り続ける呉羽さんを、威迫は必死に無視しようと努めている。

 だが、呉羽さんは容赦なく、追撃するように言葉を続ける。


「仕事さえ見つければ引っ張りだこだろ? 勉強ができなくても、その力は、世間で役立つことに使えるはずなのに、なんでだ?」

「挑発か? 悪いけどよォ、そんなもんに引っかかってやれるほど子供じゃないんだよ」

「そうは言うけどな、人って、悪口を言われたらどうしてもイライラしちゃうんだよね」


 その後も、呉羽さんは威迫を煽るような言葉を並べ続けた。

「犯罪に走ったメンタル弱者」「社会の圧力に負けた雑魚」「魔法という力を全く生かせない低IQ」などの、非常に酷い内容の、悪口と言っていい言葉の数々を威迫は必死に無視し続けている。


 だが、ヒートアップした呉羽さんの前で、その心の壁は崩れそうになっていた。


「俺が魔法使いだったら、お前らよりも上手く生きる自信があるぞ?」

「なに……?」

「魔法を使わなきゃいいだけなんだ。簡単だろ? いじめられても、避けられても、冷遇されても、心ひとつでそれを耐えればいい。何がそんなに難しいんだ?」

「ッ……」

「抵抗するにしても、魔法なしで抵抗しろよ。どんだけ弱いんだよお前らの心はよ? ちょっとは我慢ってのを覚えろよ」

「────黙れッ!!!」


 威迫は、怒鳴り声と共に真っ赤な顔をこちらに見せた。

 それを見た呉羽さんは、俺にだけ見える角度で口角を上げ、邪悪な光をその目に宿した。


 それからは、呉羽さんの思い通りに事が動いていった。



    ◇



「つか、疲れた……」

「お、お疲れ様です、呉羽さん」


「取り敢えず、今日はこれで終わりで……」呉羽さんは姿勢を正し、続ける。「お疲れ様です、鬼灯さん」

「いえいえ。俺は何も」


 呉羽さんの働きで、あの五人全員から、組織に関する情報をかなり引き出すことができた。やり方は、見ていてとても気持ちの良いものではなかったが、仕方ないことだと、俺は割り切ることにした。


「さすがですね、エンドストップいち性格の悪い呉羽さん」

「あれは性格の良し悪しとは関係ないですよ」

「そうですか?」

「知ったかぶり、人格否定、シンプル悪口……人を怒らせる方法なんていくらでもあります。私はそれを、適切な場面で使っただけ」

「本当に関係ないですかね……?」

「ないですよ。相手を怒らせてしまえば、あとはその勢いを殺させず、感情のままに情報を吐かせればいいだけですから」


 呉羽さんの尋問内容は、俺がしっかり記録し、データとして保存しておいた。

 さきほどそれを見返したが、記録の節々から彼の性格の悪さを感じ取ることができたので、とてもじゃないがその言い訳が通るとは思えない。


「てか、さすがにあの尋問内容だと、何かしらの罰を食らう可能性がありますよ? 尋問とはいえ、人格否定はさすがに……」

「分かってます。罰は受けますよ。今回は、手段を選べる状況じゃなかっただけですから」

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