第19話 衝突

 テントで隊長と二人で休んでいると、外から人を呼ぶ声が聞こえてきた。


「隊長ー! 鬼灯ー! 集合しましたー!」

「全員集まったみたいだな」

「そうですね。行きましょう」


 俺と隊長はテントから出て、俺たちの名前を呼んでいた仲間の元へ向かう。

 校庭の端の方に集合しているのを発見した俺は、隊長の一足先を歩いてみんなの元へ駆け寄っていく。


「如月さーん!」

「鬼灯! 隊長も! 次は何をするんですか? 救助活動の範囲を広げますか?」


 如月さんの声は明るいが、その顔には明確に疲労が出ている。

 それは他のメンバーも同じで、多少、慣れてはいるだろうが、それでは緩和できない程にストレスが溜まっているようだ。


「いや、救助活動はもういい。一旦な」

「……え?」


 隊長のその一言で、隊員たちの顔色が変わる。

 表情が明るくなる者、疑問を抱く者、純粋に驚く者と反応はそれぞれだが、全員が隊長を、隊長らしくないと感じているだろう。


「疲れで余裕がなくなっていた……俺たちはエンドストップだ。一般人の救助も大切だが、それ以上に、俺たちには俺たちにしかできないことがある。それを蔑ろにすることはできない」

「……まさか」


 雅楽先輩が、俺の方を睨んでくる。俺が隊長に、あのことを言ったと勘付いたのだろう。俺はすぐさま視線を逸らす。

 他にもいくつか、俺に突き刺さる視線を感じる。怖い。


「明日から、テロ組織『アイスカイナ』に関する捜査を開始する。半日しかないが、今日はゆっくり休んでくれ」


 全員が「承知しました」と揃えて声を上げる。

 隊長は、話は終わったとばかりにその場から去り、後に残された俺は、ほかの隊員からの批判を受け止める心構えを取る。


「鬼灯……お前!」

「はいストップー! 喧嘩はなし! 責めるのもなし!」

「なんとか言え! 鬼灯! 隊長になんて言った!」


 雅楽先輩が激高している。今にも襲い掛かりそうなのを如月さんが止めてくれているが、これはおそらく、正直に事の経緯を伝えた方がいいだろう。


「民間人の救助よりも、テロに関する捜査をした方がいいと、進言しました」

「鬼灯くん! 答えなくていいよ!?」

「貴様ァー!」

「その方が正しいでしょう! 俺たちの担当は魔法犯罪の捜査だ! 確かに、俺たちの身体能力があれば救助活動は容易に進むでしょうけど、物事には優先順位があり、人には適材適所というものがあるんです!」

「よくも、それを言えたもんだな!!」

「二人ともやめてってー!」


 雅楽先輩が怒る気持ちも分かるが、ここは譲ることはできない。

 如月さんが雅楽先輩を止めてくれているのをいいことに、俺は俺の主張を続ける。


「別に俺の主張を受け入れなくても構いませんが、命令違反だけはしないでくださいね。俺はテントで休みます。また明日」

「待てコラ! 離せ如月!」

「落ち着いて先輩~!」



     ◇


 その日の翌日。

 エンドストップの駐屯地で、俺は呉羽さんと共に、隊長から与えられた仕事の準備をしていた。


「鬼灯さん、昨日は凄かったですね~」

「マジで、言い過ぎました……どうしましょう?」


 仕事の準備をしながら、昨日のことを思い出して思わずため息が出る。

 呉羽さんもニヤニヤしながらそのことをいじってくる。普段は良い人なのだが、こういう時だけウザくなるのは本当に勘弁してほしい。


「お前がどうしたいか、によるだろ? お前は別に犯罪行為や迷惑行為をしたわけじゃないんだ。自分の心に従えばいいさ」

「俺が、どうしたいか……」


 雅楽先輩は、どちらかというと感情を優先して行動する人だ。

 そのため、少し隊長に似ているところがある。感情を優先することは別に悪い事ではないと思うが、そのせいで、ほかの隊員と摩擦が生じることは少なくない。


「いやー……雅楽先輩じゃなければなんとかできるんだけどな」

「ハハハッ! まあ確かに、あの人はお前とは合わないでしょうね」

「なんとかしてくださいよ~、呉羽さーん」

「無理です。俺が得意なのは人同士の摩擦を増やすことだけだから」

「終わってるよ……」


 エンドストップは俺の職場であり、俺の家だ。

 できるだけ安心できる場所であってほしいし、ほかの隊員も、俺のことに関してストレスは感じてほしくない。たとえ苦手な人間がいても、なんとかして良い距離感で付き合っていきたいという考えが強い。


「人と喧嘩なんてしたくないのに……」

「そうですね。それは俺も同じだし、多分、雅楽さんもだと思いますよ」

「そうですかね……?」

「人との摩擦を許容できるのは、人と割り切って接することが出来る人だけですよ。感情的な人はそんなことはできません。上手い落としどころさえ見つければ、すぐに仲直りできますよ」

「まあ……頑張って見つけてみます」


 その点で言えば、俺も人と割り切って接することはできないので、感情的な人間に分けられるのだろう。

 とは言っても、落としどころを見つけるのは難しい。特に今回は、人の命にかかわる問題だ。そう易々と納得できるものが見つかるとは思えない。


「さ、仕事ですよ。俺たちは尋問担当です」

「……とりあえず、喧嘩のことは忘れます。絶対にアジトを暴きましょう」

「────はい」


 大きな悩みを抱えつつも、俺は俺の仕事に集中することにした。

 あれからもう二カ月経っている。しかし、例えもう遅くても、絶対に一人残らずアイスカイナを捕まえて見せると固く誓った。

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