第三章

第18話 その後

 アイスカイナによるテロが終結してから二カ月後。


 彼らによるテロは、東京の都市機能はほぼ全て破壊し、再起不能一歩手前の被害を与えていた。

 死傷者、行方不明者共に多数。何千という建造物が完全に崩壊し、それによって住居を失った世帯数はもう数える気にもなれない。


 俺は今、これ以上に死傷者が増えることのないよう、家を失った人たちの救助、瓦礫の撤去、行方不明者の捜索を行っている。


「……さすがに、東京は終わりじゃないですか? 隊長」

「大丈夫だ。日本の首都がここまでやられたのは確かに痛いが、今は他県からの支援もある。絶対に立て直せる」


 花道隊長のその言葉を聞いて、少しだけ心が軽くなる。


 この二か月間、俺たちのような自衛隊や警察組織、医療機関はずっと働き詰めだ。いくら救助しても死傷者が途切れることはなく、それに並行してテロリストの首謀者の調査も行わなければならないため、交代で休暇を与えられても、気が休まる瞬間が一時もない。


 隊長の顔には、真っ黒なクマも浮かんでいる。彼は休暇を与えられても、ずっと人のために動いており、この二か月間、睡眠をとった姿を見たことがない。

 そんな隊長を心配する声は、エンドストップ内でたくさん上がっている。


「もう、この周辺で救助が必要な人はいなさそうだな」

「そうですね。もう少し捜索範囲を広げます?」

「ああ、そうしよう」


 だが、その救助活動も、牛の歩みではあるが確実に進んでいる。

 避難所周辺の瓦礫は大方撤去され、それらに下敷きになっていた人たちも全員発見できた。今避難所周辺を一回りしてみたが、もう人の気配はなさそうだ。


 少し遠くの都市部で救助活動を行うことに決めた俺と隊長は、歩いてその場所へと向かっていた。

 まだ瓦礫の撤去が終わっていないその場所に辿り着いた俺は、想像以上の惨状に頭を抱えていた。


「隊長……これは」

「道路が浸水してるな」

「多分川も氾濫してますよねこれ……」


 非常にまずい状況だ。

 大雨でただでさえ救助が難航しているのに、道路が浸水していては人を救助できるかどうかも怪しい。


 今まで強く躊躇していたが、俺は隊長に、ある進言をすることにした。


「隊長、ちょっといいですか?」

「なんだ?」

「もう、テロの首謀者を捕まえに行った方がいいと思います」

「なぜそう思う?」


 諦め半分、疲労半分で出たその言葉に、隊長は疑問を返してきた。

 その言葉の意図は、救助よりもテロリストの拘束を優先する理由が知りたいというものだろう。


「この二か月間、いろんな人と協力して救助活動を行ってきました」

「そうだ」

「それで救えた人もいます。感謝もされました」

「そうだな」

「でも、二カ月経ったいま、救助を待ってる人に生存者は……いないと思います」


 言ってしまった、という感情が湧いてきた。

 この言葉は、エンドストップの隊員の全員が思っていたことだろう。だが、自身の休暇すら削って救助活動をしていた隊長には、誰も進言できなかったことだ。


 俺は怒鳴られる覚悟をして、言葉を続ける。


「物事には、優先順位があります。例え死んでいても、死んだ家族と再会したい人は多くいるでしょう。けど、それよりも……」

「もういい……」


 隊長に言葉を遮られる。


 こんな言葉を吐いておいてなんだが、隊長と目を合わせることができない。それが恐怖によるものか、罪悪感によるものかどうかは今の俺には分からないが、この進言をしたことを、いつか後悔しそうだと感じていた。


「そうか……そうだな」

「隊長?」

「状況を見れていなかったな……何も考えず動いていたが、少し、余裕がなくなっていたみたいだ」


 俺たちの間に流れる無言の間。その中で空気を読まず水音を鳴らしている雨が、今の俺には少し有難いと感じていた。


「分かった。ありがとうな」

「ありが……え?」

「救助活動は一旦、ここで終わりだ。他の奴らにも伝えよう」

「分かりました……」


 なぜ、感謝されたのだろう。

 そんな疑問を抱えながら、俺は怒鳴られなかった安心感と共に、避難所へと戻り始めた。



    ◇



 数分後、俺と隊長は避難所である中学校に戻って来た。


 雨は強くなるばかりで、少しも収まる気配がない。二か月間も降り続けているため、避難所である中学校の周辺も少し浸水し始めている。近くに氾濫する河川がないのが、不幸中の幸いだ。


「この避難所の光景は、何度見ても不思議ですね……」

「ここだけ雨や雨水が入ってこないからな。魔法的な力が働いてるんだろう」

「魔法使いですらここに入れないのも、それが理由でしょうね」


 この中学校に働いている魔法的な性質は、避難民にも、俺たちにも多大な恩恵を与えてくれていた。この避難所を護っている魔法が誰のものなのかは、はっきりとは分からないが、一人、心当たりがあった。


「そういえば……冥のことは見ましたか?」

「いや、少なくともこの避難所にはいないな。気になるのか?」

「そりゃあ、そうでしょう。あいつなら、一人でも生きていけそうですけど」

「変な信頼だな。少し休憩しよう」


 魔法の効果範囲内、その校庭に設置されたテントに入った俺と隊長は、腰を下ろして休憩をとりはじめた。

 どこから取り出したのか、隊長が缶コーヒーを手渡してきた。俺はありがたくそれを受け取り、手袋を外して缶を空ける。


「ストレスでどうにかなりそうです。主に雨のせいで」

「カフェインにはリラックス効果があるらしい」

「焼け石に水にも程がありますよ」


 口ではそう言ったが、あたたかいコーヒーとその苦味は、今の疲れ切った体に嫌というほど染みわたっていた。こういった状況に直面するたび、あたたかい飲み物というものの素晴らしさを強く感じる。


「……冥ちゃんのことは、俺も探しておいてやるよ」

「……ありがとう、ございます」

「いいさ、俺にとっても恩人だからな」


 ただ、この場に限っては、隊長の気遣いが最も俺の心に染みた。

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