第17話 予兆と摩耗

 今現在、私を襲っている彼らがエンドストップであることは間違いないだろう。服装、言動、装備などからそれは簡単に想像できる。


 ただ、私は彼らの顔を見たことがない。彼らの中に鬼灯……翔の顔は見当たらないし、向けられる敵意が半端ではないのだ。


「別の県のエンドストップか……救援に来るにしても、ちょっと遅くない? 電波でもジャックされてたのかな」

「攻撃の手を緩めるな! 必ず隙はできる! それを見逃すな!」


 ただ、この包囲されている中、私は一撃も食らっていないので、彼らの強さはそこまで高いものではないだろう。問題は、装備が強力なことだ。


 浴びせ続けられる弾丸は、魔法で防ごうとすると通常の数千倍ほど力の効率が悪くなる。魔法を使おうとすると照射される小さなパラボラアンテナは、条件が揃えば致命的な外傷を食らってしまう。そして────


「おっと」

「クソッ、当たらない……!」


 近接戦闘を仕掛けてくる連中の持つナイフは、常軌を逸した切れ味を有している。さきほどナイフが地面に落ちたが、まるで豆腐に刺さるフォークのように、ナイフはコンクリートに突き刺さっていた。


 できるだけ戦闘はしたくない。相手がエンドストップなら、なおさらだ。

 私は、隊長らしき人物に向けて言葉を飛ばす。


「なんとか説得してみるか……あの!」

「気にせず攻撃を続けろ!」

「私、そっちの花道隊長と知り合いなんですけど!」

「魔法使いが奴の名前を出すのはよくあることだ! そんなウソは通じんぞ!」


 花道さんは人望がないのだろうか? 全国的に有名らしい彼の名前を出してみても、攻撃の手が緩くなる様子はない。


 さてどうしようか。一瞬でも彼らの気を逸らすことができれば余裕で逃げられるのだが、あいにく私はそれを可能にする道具を有していない。

 せめて、どうやって魔法の起こりを察知しているのかが分かればいいのだが……と、そこまで考えたところで、彼らの後ろで常に端末を手に持っている男を発見した。


「なんだ……レーダーで見てたのか」


 それが分かれば、対処は容易い。


 私は魔法の起こりを察知されないよう、極限まで力を隠蔽し、彼らの攻撃の隙を突いて瞬間移動した。



    ◇



 自分の家に戻って来た私は、家屋に何の被害もないことに安堵を覚えながら、さきほど相対したエンドストップについて考えていた。


「翔たちが優しかったから忘れてた……そうだよね。あれが魔法使いに対する普通の反応だよね」


 容易に人を殺せる力を持った生物に対する対応など、本来はあれが普通だ。そもそも、翔や花道さんが優しかったのが異常だったのだろう。


「狙われても仕方ないよなぁ。ビルを爆破したのは事実だし」


 それに私は、調子に乗っていた。力を使ったことによる二次被害を考えず、ただ派手に見つけたいというだけの理由で、このテロを指揮している魔法使いの居場所を爆破したのだ。


「こんな力を持ってても、私の性根は人間なんだな……」


 私は今まで、自分が自分の持つ力を受け入れるに足る器を持っていると、そう考えていた。力の使いどころを正確に把握し、常に理知的に、余裕をもって行動できる人間だと。


 だが、そんなことはなかった。


「なんで私が、こんな力を持ってるんだろう……」


 このまま魔法を使い続けていれば、いつか、私のご先祖様の意思を根っこから踏みにじる結果をもたらしてしまうかもしれない。

 私は、それが一番怖かった。


「……早く、役目を終わらせないと」


 少しぼやけていた頭を無理やり働かせ、私は次にすべきことを考え始めた。



    ◇



 駐屯地を襲撃してきた五人の魔法使いの拘束を終えた俺は、テロを収束させようと街に駆けだしていた。


「あんなやつらの相手をしている間に、街が……」


 視界を埋め尽くすほどの瓦礫の山。あちこちで発生している火災。空気中に漂う硝煙の香りを感じながら、俺は少し違和感を覚えていた。


「なんだ……? なんか妙だ」


 さきほど戦った魔法使いは、何万人も構成員がいると言っていたはずだ。

 その人数がいれば、東京中を滅茶苦茶にするのはとても簡単なことだろう。現に、襲撃から一~二時間しか経過していないにもかかわらず、被害は想像よりも大きくなっている。


「魔法使いが……いない?」


 そう、テロの実行犯である魔法使いが、ほとんど見当たらないのだ。


 無線では何人か魔法使いを無力化したとの報告が入っているが、それでも雀の涙のような人数だ。


 確かに電波が復旧したあと、俺たちは他の都道府県に救援要請を出したが、とてもそれが原因とは考えられないほどの処理速度だ。


「ん……? あれは……」


 そんなことを考えながら、魔法使いを探して街中を走っていると、俺と同じ服装の人間の集団を発見した。おそらく、救援要請を受け入れてくれた他の都道府県のエンドストップだろう。


 俺は彼らに近付き、全員に向けて敬礼した。


「ご苦労様です! 救援に応えていただき、感謝します!」

「あなたは……なるほど、駐屯地が襲撃されたようですね。ご無事でしたか」

「はっ! して、今は何をしていらっしゃるのでしょうか?」


 彼らの大半は、とても悔しそうな表情を浮かべていた。

 隊長らしき人物が俺の言葉に応えてくれているが、俺には彼も心の余裕がなくなっているように見えた。


「私の失態です……強力な魔法を扱う、中学生くらいの魔法使いを、無傷で逃がしてしまいました……」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中で悪い予想が浮かび上がった。

 そうではあってほしくないと思いつつ、俺は再び質問する。


「それは……男、でしたか?」

「いえ、女でしたね」

「隊長の……花道隊長の名前を、出してはいませんでしたか?」

「そういえば出していましたね……知っているのですか?」


 中学生、女、強力な魔法を扱う魔法使い。そしてなにより、花道隊長の名前を出したこと。


 そんな人物を、俺は一人しか知らない。


「冥……!」


 その日は、風が少し強かった。

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