第15話 源流の魔法使い
投擲したバットは謎の衝撃波で弾かれた。
このことから、あの荒巻という男の魔法は、肉体に影響するものであることが分かった。だから、私も同じ魔法だけを使うことにする。
「どうせなら、あなたと同じ系統の魔法だけ戦ってあげるよ」
「使える魔法が複数ある、みたいな言い方だな」
「さあ、どうだろう?」
さきほどまでは、ホッキョクグマと同じ身体能力まで強化していた。
だが、自身の体の質量と強化した身体能力がかけ離れすぎると、体が自壊する可能性があるので、今は速く動く力のみを強化することにする。
「じゃあ、行くよ」
「……こいよ!」
まだ荒巻とは距離があるので、距離を詰めなければならない。
私に格ゲーなどの知識はないので、とりあえず前に走って、雑に距離を詰めることにする。
私が距離を詰めはじめても、荒巻がアクションを起こす様子は見られない。おそらく、あの衝撃波を過信しているのだろう。
「お前がどんな攻撃をしようと、俺には届かない」
「青いなぁ」
荒巻はなんの防御も構えない。
私は躊躇なく、彼の鳩尾めがけて拳を突き刺した。
衝撃波は発生することなく、私の拳はすんなりと彼の体に命中した。
「なん、だと?」
「さっきの衝撃波さ、どうせ脈拍とか心臓の音を増幅させてるだけでしょ?」
肉体改造系の魔法が影響を与えられるのは、なにも筋肉だけではない。魔法の力がある程度強ければ内蔵も強化できる上、肉体の耐久力も大きく増すことができるのだ。
さきほどのバットの投擲でそれに気付いた私は、心臓の音が鳴り止み、次の鼓動を刻む直前に攻撃を与えた。このように油断している木端であれば、それだけで魔法の制御が乱れ、さきほどのような衝撃波は出せなくなってしまう。
「人間の体ってさ、耐久力が凄く低いんだよ」
「がっ! ごほっ!」
「だから、高い火力を出しやすい魔法戦だと、一瞬の油断も許されない程にシビアな戦いになるのに、あなたはそれを分かってなさすぎだね」
正面から殴り合ったことがないのか、私が顔面を集中的に、連続的に殴り続けても、急所を守ろうとする素振りすら見せない。
この体たらくでは、弱点を教えさえすれば、魔法の使えないボクサーでもこの男を倒すことができていただろう。同じ魔法使いとして恥ずかしい限りだ。
◇
「だから、高い火力を出しやすい魔法戦だと、一瞬の油断も許されない程にシビアな戦いになるのに、あなたはそれを分かってなさすぎだね」
────俺が、油断?
小さな、中学生くらいの女の子にボコボコに殴り続けられながらも、その言葉だけはとても鮮明に聞こえてきた。
思えば、あの鬼灯とかいうエンドストップと戦った時も、本来なら目で追えるはずの催涙粉をまともに食らってしまっていた。
あの時に気付くべきだったのだろう。俺は自分の魔法を過信していた。
あれだけ決意しておきながら、あれだけ恨んでおきながら、俺は本気になれていなかったのだ。
変わるなら、今変わらなければならない。
衝撃波の発生に回していたリソースを、全て、肉体の強化へ。
「お?」
「……ッ、邪魔だあああ!」
冥を振り払おうとするが、そう簡単には離れてくれないので、殴られながらも、こちらも右の拳を振りかぶる。
「おっとっと」
思いっきり殴ったはずだが、その拳は左側に軽く受け流された。
とても中学生の体術とは思えない。さきほど交わした言葉からも感じたが、この冥という少女は、見た目以上に歳を重ねているように思える。
「いまさら必死になっても遅いよ。やることもあるから終わらせるね」
「……まだ、まだぁッ!!」
「ふんっ!」
「────がっ! ぁ……」
────せっかく本気になれたのに。
あまりにも鋭すぎる拳を顎にもらった俺は、薄れゆく意識の中で、今までの自分に対して深い後悔の念を抱いていた。
◇
「鬼灯! 如月たちが危ない! そっちに行ってくれ!」
「隊長! けどこっちには、断片クラスの魔法使いが三人も!」
俺たちエンドストップの駐屯地は、まさに修羅場と化していた。
少し前に、断片クラスの強さを持つ五人の魔法使いが、この駐屯地に攻め入ってきた。俺たちは特殊な訓練をしたことで、身体能力が一般人よりも高くなっているが、それでも断片クラスは非常に手を焼く。
俺も、片目を取り戻していなければ今頃死んでいただろう。
「なんだぁ? 余裕だなぁ?」
「……あー邪魔だなぁ! 一対一なら……!」
人数差では不利なため、こうして隊長とはなす暇すら確保できない。
特殊兵装も、時間がないせいでナイフしか展開できていない。だが、この状況から勝つ方法は、俺と隊長でこの三人の魔法使いを無力化することしかないだろう。
「如月さんの方は人数が多い! だからそれを生かして何とかしてくれるはずです! こっちはこっちで対処しましょう!」
「……なら、なるべく早く終わらせるぞ」
「はい!」
目の前の状況を整理する。
俺たちと対峙しているのは三人の魔法使い。使う魔法はそれぞれ、斬撃を放つ魔法、熱を奪う魔法、圧力を操る魔法だ。
正直、性能に関して俺が知っていることはない。全て初見の魔法だ。
だが、どの魔法についても、俺や隊長の名前が知られていない限り、直接的な影響が与えられることはない。斬撃と圧力に関しては直接的な殺傷能力があるので、それだけは注意しなければならない。
俺は三人から距離を取り、隊長に近付いて耳打ちをする。
「なんとかして動揺を誘いましょう。こっちの特殊兵装は警戒されているっぽいので、その隙を突かないと届きませんし」
「さあ、どうやって動揺を誘うか……」
「はったりでも言ってみたらどうです?」
「……言いたいことはあるが、試してみるか」
隊長に前に出てもらい、はったりを言ってもらうことにした。
一応、俺は相手の動揺を即座に突けるよう、即座に距離を詰められるように体を構えておくが、正直期待はできないだろう。
その間、俺は次の策でも考えておこうと思う。
「すでに他県のエンドストップには救援を出している。警察も動いているだろう。お前たちに勝ち目はない、投降しろ!」
「ほーん。その割には、街の方は大変なことになっとんな?」
「テロが起きてるのがここだけなんて、誰が言ったぁ?」
実際は、他県の部隊とは連絡が取れていないのだ。おそらくは電波が妨害されているのだろうが、同時多発的にテロが発生している可能性もなくはない。
警察は、本来は非魔法使いを取り締まるための機関だ。魔法使いに対しての専門性は低く、それらが相手だと彼らは一気に役に立たなくなる。
「俺たちの組織の規模は数万人だ。一般人じゃ太刀打ちできない魔法使いも大勢いる。万に一つも、お前らだけで対処できやしない」
「おい、組織の規模言ってんじゃねぇよぉ?」
「おっと失礼」
「うぜぇ……一対一なら俺のがつええのに」
「落ち着け鬼灯」
今更だが、組織の規模を説明してくれた男が斬撃の魔法使いで、語尾に母音がついてそうな男が圧力の魔法使いだ。
彼らにはったりを言ったのは意味のないことだったが、組織の規模を把握できたのは大きな成果だ。彼らの言葉が本当かどうかは定かではないが、東京中を荒らし回っている組織のため、それくらいの規模はあるだろう。
「なあ」
「これが終わったらコンビニ行こうぜぇ? 今までは入れてもらえなかったからなぁ」
「いいなあそれ。あ、たばこはダメだぞ? お前十九だし」
「こんなことしてて法律守ろうとするのかよお前ぇ……」
「なあおい」
無視されているが、さきほどまで電話をしていた男が熱を奪う魔法使いだ。
声が小さすぎて二人に聞こえていないが、一生懸命言葉を伝えようとしている。
「なあなあなあ」
「あ、なに?」
「なんかヤバそうな魔法使いに仲間のほとんどがやられてるって」
「……あぁ?」
「源流の魔法使いかもしれないって」
「ちょっと……えぇ?」
理由は分からないが、動揺しているその隙を突いて、俺は三人を気絶させた。
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