第14話 お掃除

 あれから三十分後、私たち四人は屋上に移動し、そこで時間が過ぎるのを待っていた。


 助けは期待できないだろう。さきほどエンドストップの駐屯地まで探知範囲を広げたが、なにやら五人の強力な魔法使いとやり合っているのが分かった。

 そこから察するに、町への救援や避難誘導は十分にできていないのだろう。なるべく力を温存したかったが、私が動かなければならない。


「じゃあ、私行くよ」

「えっ、どこに?」


 雪さんが不安そうな目でこちらを見つめてくる。

 私は彼女を安心させるため、目の前にしゃがみ、優しく語り掛ける。


「町の人たちを助けに行ってくる。自衛隊や警察がちょっと苦労してるみたいだから、私が助けないと」

「え、で、でも……」


 私がそう伝えると、雪さんの不安の感情が露わになった。

 私を頼ってくれるのはありがたいが、ここで町の状況を見守っているわけにもいかない。

 それに、この校舎は私の魔法で護られている。この魔法を破れる魔法使いはどこにも存在しないし、私が解除しようとしなければ魔法が消える事もない。


「大丈夫。ここにいれば安心だから。食料は……今日だけは我慢して? なるべく、現実にあるものを調達してくるから」

「冥さん、それは冥さんがやらないといけないのか?」

「当たり前でしょ。私以外にできる人がいないんだから」


 おじいちゃんを頼るという案も、あるにはある。

 だが、私には魔法を持っている責任がある。それは先祖代々受け継がれてきたもので、ないがしろにしていいものではないのだ。


「正直、冥さんには聞きたいことが沢山ある。それから、謝らなければならないかもしれないようなことも……」

「そう」

「だから……その……」

「大丈夫、伝わってるから」


 楽さんの言いたいことは分かっている。


 私はもう一度、この学校周辺の安全を確認し、町へと魔法で飛んでいこうとした。


 しかし、その直前で、夜から声をかけられる。


「なあ!」

「……なに、私?」

「ありがとう」


 そう言いながらも、彼は私に目を合わせられていない。そんな様子から彼のちっぽけな意地を感じるが、あの歳で誰かに感謝できるのなら上出来だろう。


 私は、その感謝に無言で微笑を返し、町の方へ飛んでいった。



    ◇



「なんだこいつっ!?」

「やめ……やめろぉ!」

「荒巻さん! 助け────」


 予想通り、町は酷い有様だった。

 並び立っていたビルはボロボロ。道路には瓦礫の破片やガラスが散乱し、割れた電光掲示板は火花を拭いている。終末世界の一歩手前だ。


「こいつ、魔法が効かねぇ!」

「まさか魔法使いか!? なんで俺らの敵に!」


 そんな街には、木端(魔法使い)が百人も二百人ものさばっていた。考えるまでもなく、街のこの有様は彼らのしわざだろう。

 とりあえず、彼らを片付けなければならないと考えた私は、街をぶらつきながら木端を探すことにした。


「仲間がどんどん気絶していく!」

「あの木のバットの効果か!?」

「とりあえずあの子供を押さえろ!」


 魔法で一人一人気絶させてもいいが、それでは力の効率が悪いので、魔法を込めた武器を持つことにした。その武器とは、叩けば確実に人を気絶させられるバットだ。


 ここまでで、三百人は気絶させてきた。気絶させた木端どもは、私が起こそうとしなければ起きることはない。身体能力も、ホッキョクグマと同じくらいまで強化しているので、力比べで負けることもない。


「人と真正面からやりあったのは初めてだけど、まさかここまで作業的だとは……」


 魔法を二つしか使っていないのに、何百人もの大人を圧倒出来ている現実に、私は拍子抜けした感覚を覚えていた。

 ご先祖様が、この力を持ちながら、世界征服をしなかった理由が分かった気がする。


 この力があれば、一分もあれば世界征服が叶うだろう。だからこそ、しないのだ。


 私のご先祖様は、いつでも世界を征服できるからこそ、必要になった時に世界征服をすればいいと考えたのだろう。

 まあ、今の世界を征服しても特に利益は生まれないだろうが。


「このガキっ!」

「そこぉ!」

「ぐあっ!?」


 私を背後から襲おうとした男を、素早くバットで迎撃する。


「お前も魔法使いだろ! なんで俺たちの敵に────」

「あいよー!」

「あ゛おっ!?」


 感情に訴えかけてきた男を、素早く接近した上で、フルスイングのバットでぶん殴る。


「燃えろっ!」

「効かんわっ!」

「ぐぇっ!」


 放たれた魔法の炎を跳ね返し、魔法を使った男の股間をバットで殴る。


 ひたすらこの作業の繰り返しだ。正直飽きてきた。

 だが、幸いにも非魔法使いの生存者は多い。おそらく、あとで痛めつけるつもりで生かしておいたのだろう。悪趣味だ。


 気絶させた魔法使いの数が六百を超えそうになってきたころ、格段に強い力を持った魔法使いが、私の目の前に現れた。


 彼は見た目は普通の青年で、フードのついた無地の服を着てスキニーを穿いている。

 彼が持つ魔法の力は、どこか覚えがあるものだ。


「誰?」

「荒巻だ。お前こそ、誰だ?」

「冥だよ。あんた、鬼灯と会ったことあるでしょ?」

「鬼灯……ああ、あの時の隻眼のザコか」

「ははっ、ザコ扱いされてやんの、あいつ」


 勘が当たった。おそらく、以前の洗脳騒動で鬼灯が戦っていた魔法使いだ。

 この男の魔法の力は強い。鬼灯が負けたのも、当然と思えるほどだ。


「教えてほしいんだけどさ、そっちの構成員って何人いるの?」

「一万だ」

「うげ、本当ならめちゃくちゃ怠いんですけど」

「こっちも聞きたいことがある。お前はなぜ、非魔法使いの味方をする?」


 六百人の木端を倒す過程で、何度も聞いた質問だ。

 こいつらにその理由を話しても、理解できないだろう。だから、話す意味もない。


「刑期と一緒に教えてあげるよ」

「そうか……なら、俺もお前を殺して忘れよう」


 私はとりあえずバットを投擲した。

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