第12話 爆炎

 最初に感じたのは、強烈な熱波だった。皮膚の温度が急激に上がるのを感じた頃には、身を低くしている私の頭上を、指向性を持った巨大な炎が横切っているのが見えた。


 教室内を満たす程の巨大な火炎は、五秒ほど放射されたあと、急激に鎮静化して消え去った。


「……今頭を上げたら狙われるかもなー」


 必要時以外は使いたくないのだが、今は仕方ないと自分の中で納得し、魔法を発動する。

 どんな魔法かというと、指定した範囲の状況、環境を脳の中に直接取り込むといった、いわば探知系の魔法だ。


「学校の周りに十人……全員木端か」


 学校の、主に校庭には、十人の魔法使いが集まっていた。さきほどの爆炎は、そのうちの一人が放ったものだろう。炎の大きさから推察するに、魔法の力はそれなりに強そうだ。


 校庭では、今も爆炎を放っている魔法使いがいる。おそらく、ほかの教室にも窓を通じて爆炎を放っているのだろう。

 私はとりあえず、今の教室にいる生徒の安否を確認することにする。伏せた状態で教室を見渡すと、女子生徒が一人だけ生き残っていた。


「私の指示に従ってくれたのか……」


 嬉しく思いながら、ほふく前進の状態でその生徒に近付いていく。

 その生徒はなにが起こったのか把握できていないようで、口が半開きになった状態で固まっていた。


「だ、大丈夫?」

「何が、起こったの?」

「魔法使いのテロ組織が攻めてきたんだよ。とりあえず、どこかに避難しよう」

「意味が分かんない……」


 その女子生徒は、現状が理解できてないようだった。

 この歳の女の子に、今の教室の状態はショッキングすぎるだろう。私は彼女が教室の状況に気付く前に、この場所から離れることにした。


「名前は?」

「私? 私は雪。あなたは冥さんでしょ?」

「知ってるんだ……」

「色んな意味で有名だからね」


 教室、廊下などの窓から頭を出さないよう気を付けながら、目的地も定めず廊下をかがんだ状態で歩く。

 予想通り、ほかの教室も酷い状態だ。私は雪さんが精神的ダメージを受けないよう、彼女の意識が教室内に向かないよう、教室そのものに魔法を施した。


「とりあえず、警察呼んだ方がいいよね?」

「やめといた方がいいよ」

「なんで?」

「相手は魔法使いだよ。電波くらいすぐに探知されるよ」


 通常、木端が扱える魔法の種類は多くない。

 しかし、相手はテロ組織だ。メンバーの中に、電波を探知する魔法使いが居ても不思議ではない。


 私はそのことを雪さんに注意し、スマホを触らないように釘をさす。


「わ、分かった……」

「とりあえず、生き残ってる人を探そう」

「う、うん」


 今、私たちがいる階は二階だ。見る限り、この階の教室の中に生き残っている人はいない。

 別の階に行こうかと考え始めた頃、少し先のトイレから二人の男子生徒が出てくるのが見えた。


「め、冥さん! 誰かいる!」

「ほんとだ!」


 男子生徒は、学校の異変に気付いていない様子で喋りながら歩いている。

 幸い、彼らの近くに窓はない。私は窓に気を付けて小走りで彼らに近付いていく。


「……なにやってんの? あんたら」

「あっ、朝の! それはいいから、とりあえずトイレの中に戻って!」

「なになになに!」

「触んなよ魔法使い!」


 私に触られることを嫌がっているが、今はそれに配慮している時間はない。

 私は雪さんを連れて、二人を男子トイレに詰め込んだ。


「ここ男子トイレなんですけど??」

「今それどころじゃないんだって!」

「マジで何言ってんだよ……」


 彼らの顔は、今日の朝に見た覚えがある。一人の名前は知らないが、もう一人は楽と言っただろうか。

 彼らは呆れた表情で私を見た後、強引に男子トイレを出ていった。


「ちょっと! ダメだって!」

「楽くん! 行っちゃダメ!」


 私と雪さんも男子トイレを出ていく。


 男子トイレを出た先で教室の惨状を見た二人は、言葉を失ったまま突っ立っていた。


「なに、これ……」

「え、は……いやいやいや」


 危なかった。教室をぼんやりとしか認識できないようにしていなければ、彼らはかなり大きい精神的ダメージを負っていたはずだ。

 外の木端もまだ私たちに気付いていない。私はボーっとしている彼らを引っ張り、今一度男子トイレの中に押し込んだ。


 彼らが落ち着くまで少しだけ待ち、その間、私はここから出るための策を考えていた。雪さんと彼らは知り合いのようで、雪さんが楽さんをとても気にかけていた。

 少しして落ち着いたのか、楽さんが沈黙の中、口を開いた。


「何があったんだよ?」

「魔法使いのテロ組織がテロを起こしたんだよ」

「お前それ本当なんだろうな?」

「本当だよ」


 楽と仲のいい、私には当たりの強い彼は「よる」というらしい。

 嘘を吐くつもりはないので正直に今の状況を伝えたが、まだ二人はそれを飲み込めていないようだ。

 だが、それを待ってあげることはできない。一刻も早く、この校舎から逃げなければならない。


「私はこれから出口を探すよ。ついてくる?」

「は? 助けを待った方がいいだろ」

「さっきの炎で校舎が燃えてきてる。しかも魔法でできた炎は、素材関係なく燃やしていくから燃え広がる速度が速いんだよ」

「マジかよ……」


 魔法使いである私の言葉なら、説得力はそれなりにあるだろう。

 私は三人を連れて男子トイレを出ようとしたが、一人の生徒が私の意向に反対意見を上げた。彼は夜だ。


「ふざけんな! お前の言葉なんか信じられるかよ!」

「夜……でも、俺たちもここから出た方が」

「こいつも魔法使いだ! どうせテロ組織の一員だろ!」


 久々に、心の底からの怒りが湧いた。

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