第11話 勧誘と兆候

「あ、なんか入ってる」


 平日の朝、外で日光を浴びるついでに家の周りを回っていると、一通の封筒が落ちていた。


 その封筒には宛先も宛名も書かれていない。おそらく、手紙の主が直にこの家へ手紙を届けたのだろう。


 郵便局に届けるのが面倒くさかったのだろうかと思ったが、封を開けて手紙の中身を見ると、そうした理由は明白だった。


「東京……都民皆殺し……有志を募る────アイスカイナ?」


 テロの勧誘だった。


 アイスカイナという名前には見覚えがある。一般人の洗脳騒動があった時、その騒動を先導していたテロ組織の名前だ。鬼灯からその組織の理念を聞いたが、そこから推察するに、構成員は全員魔法使いだろう。


 封筒の状態から、手紙はかなり前からこの家に届けられていたと考えられる。

 そのため、手紙に書いてある「一か月後」という数字がいつのことなのか、私には分からない。


「めんどくさー……」


 私は一部を除き、大半の魔法使いを木端こっぱだと考えている。

 そんな奴らからの誘いなんて受けたくないし、だからといって私がこれを大手を振って阻止することはに触れてしまう。


「まあ、一日かけて考えよう」


 手紙が前の物とはいえ、今日テロが起こることはないだろうと考えた私は、ひとまず考えることをやめた。手紙はコンロで燃やして見なかったことにし、とりあえず朝食を作ろうとキッチンに向かった。



    ◇



 二時間後、私は学校へ登校している途中だった。


 テロが今日起こる可能性は低い。一応周囲に気を付けて登校しているが、特に異変は見当たらない。第六感も反応しない。


「まあ、テロが起こっても私は死なないしね」


 口ではそう言うが、目の前で人が死ぬのはグロいので、それは避けたい。

 そうして気を付けながら歩いていると、私は一つの異変に気が付いた。


「今日は犬の散歩をしてる人が少ないな……」


 いつものこの時間は、職に就けない木端(魔法使い)が犬の散歩をしている時間帯だ。

 なぜか木端は犬好きな人が多いため、近所でも犬の散歩を見かけることは多い。


 しかし、今日はそれがない。


「犬の調子が悪いの────うわっ!?」

「あっ、大丈夫です……ってお前かよ」


 周囲に気を取られて歩いていた私は、近くを歩いていた男子生徒にぶつかってしまう。


 お前かよ、と呼びかけられたが、私は彼の顔に見覚えはない。学校で話したことはないはずだ。

 彼が一方的に私のことを知っているのだと思うが、どうやって私のことを知ったのだろうか?


「ご、ごめんなさい」


 周りに気を取られていたのは私なので、取り敢えず彼に向けて謝罪する。

 おそらく同じ中学だろう。彼の友達らしき男子生徒は、私を見て眉間を寄せいている。


「うっわ、朝から見る顔としては最悪だわ」

「めちゃくちゃ失礼なんですけど」


 彼の友達の口から出た言葉に、私は思わずそんな言葉を返す。

 私だって、心が傷つかないわけでは無いのだ。頑張って忘れようとは努力するが、今の言葉を忘れるのには一週間ほどかかるだろう。


「喋んなよ、お前と仲良しだと思われるだろ。楽、行こうぜ」

「ああ、うん」


 私がぶつかった彼は「らく」と言うようだ。

 楽の友達は彼を連れて小走りで歩いて行ってしまい、あっという間に背中が見えなくなってしまった。


「……無理して助けなくてもいいかもな」


 私の、テロ組織から都民を救うという気持ちが大幅に減った。



    ◇



「……各国を襲ったのは大規模な災害で、それは一国を消し飛ばすほどで────」

「暇だ……」


 今日も、何度も聞いた授業を受けている、

 暇だと感じるのはいつものことだが、今日は一段と暇だった。


「なんで今日はこんなに暇なんだろう……」


 理由は分からない。外からの騒音が聞こえてこない影響で、授業が長々と感じるからだろうか。


「そういえば、今日はなんでこんなに静かなんだろう」


 朝から思っていたが、今日は人の気配も、車の気配も非常に少ない。

 あまりにも静かすぎて、私の第六感が鼻くそをほじくっているイメージが浮かぶ。


 しかし、そんな長々と続いた授業も、あと五分で終了する。

 だが、この五分が意外に長いのだ。


「冥さん!」

「は、はいっ!?」

「授業に集中!」


 先生に呼びかけられ、反射的に席を立つ。

 授業に集中していないのがバレてしまった。表情や態度が露骨過ぎたんだろう。

 教室内の多くの生徒がニヤついている。いい気味だ、だとでも思っているのだろう。少々不愉快だ。


 椅子を寄せて座ろうとした瞬間、酷い頭痛が私を襲った。


 第六感が鋭敏に反応したのだ。


「窓よりも下に身を伏せて! 早く!」


 反射的にそう声を上げ、私も低く身を伏せる。

 私の指示に従っている人はほぼいない。


 魔法を使おうにも、間に合うだろうか?


 その迷いが、窓の外から爆炎となって教室中を襲った。

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