第二章
第10話 日常に戻る
「……と、このようにして、当時約200もあった国々が4か国に減ったわけです」
エンドストップの駐屯地から解放され、私はいつもの日常に戻った。今は歴史の授業を受けている。
学校に戻って来た日は「うわ、帰ってきた」とか「戻ってくんなよ」などの言葉をたくさん聞いたものだが、今はそんな言葉も少なくなり、学校中の全員から疎まれるといういつもの日常に戻っている。
ちなみに、おじいちゃんはまだ拘束されたままだ。解放されるまでは、まだしばらくかかるだろう。
「……あ、チャイム」
「では、授業はここまでです。次の授業に遅れないように」
授業をしていた教師が教室を出ていく。
ほかの生徒も動き出したため、私も次の授業の準備をはじめる。
その流れで教科書をリュックから取り出そうとすると、探している教科書がその中にはないことに気付いた。
「あれ~? 忘れたかな」
そんなことを呟きながら教室の後ろにあるロッカーを漁るが、探している教科書は見つからない。というか、見つかるわけがない。
さきほどから、こちらをニヤニヤしながら見つめている三人ほどの女子がいる。
おそらく、あの教科書が戻ってくることはないだろう。
「……買い直すお金もないし、仕方ないか」
私は、魔法で探していた教科書と全く同じものをリュックの中に生み出した。
そして、もう一度リュックの中を漁る動作を行い、やっと見つかった風を装ってその教科書を取り出した。
私はそれを三人の女子に見せつける。見た人がイラつきそうなニヤケ顔を浮かべ、その教科書を片手で左右にプラプラと揺らして見せる。
すると、その三人はすぐ無表情になり、次の授業がある教室へと移動していった。
「全く……魔法だって対価がないわけじゃないのに」
できるだけ、物が紛失するいじめは控えてほしいものだ。
そんなことを考えながら、私も次の授業へ移動していった。
◇
下校時間だ。
夏だからか空はまだ明るいが、風や気温が、訪れる夜の気配を感じさせる。
「さて、帰って掃除しよ」
昔から思っているが、私には潔癖症の性があるように思える。と言っても、いちいち消毒したり履物を履き替えたりしたくなるほどではない。ただ、一日に一度は家全体に掃除機をかけないと落ち着かないのだ。
「なんかまた視線を感じる……」
この学校で視線を感じることは少なくないが、その視線にも種類がある。現在、私が受けている視線は、いつも受けている物とは異質のものだ。
私は経験から何が起こっているかを察し、SNSを開く。
「こっちのアカウントじゃなくて、こっちだ」
私の名前で登録しているアカウントでは、クラスメイトのアカウントをフォローしようとしてもブロックされてしまう。
それならば、架空の生徒を彼らの脳内に魔法で作り出し、その名前でアカウント作り、フォローすればいいのだ。
私は架空の生徒のアカウントでSNSを開き、なにが起こっているのかを把握する。
「またAIの生成動画か……」
拡散されていたのは、AIで生成されたある動画だった。
その内容は、私が魔法を使って生徒の財布からお金を抜き取り、そのお金で散財する、といったもののようである。
AIの生成動画は映像としてのムラが必ずできる。しかし、私は魔法が使える。
映像としてのムラも魔法の影響として片付けられてしまうため、動画がフェイクということは誰にも信じてもらうことはできない。
「魔法で消すのも面倒くさいし、いいや。ほっとこ」
ネットでの拡散は阻止できないと言われているが、魔法を使えばその情報の一切を抹消することは可能だ。
しかし、こんな動画を広められている時点で、私の名誉は地に落ちている。それに、こんな感じの動画はすでにいくつも投稿されている。これを阻止したところで、焼け石に水だ。
しかし、いつも思う。
私が教科書を捨てられたりしているのは、この姿勢こそが原因なのではないかと。
◇
「少しは、自分のことを護ったりしたほうがいいのかな」
ふと思う時がある。
人に迷惑をかけない範囲で好き放題に魔法を使っても、別にいいのではないかと。
聞き慣れた掃除機の音を背景に、私はそんな欲望に駆られる。
「でも、そんなことしてなんになるって……」
どうせ人生は長くない。
それならば、少しでも誇れる生き方をしたほうがいいだろうと、そういう考えなのだ、私は。
それに、先祖様から受け継いだもののおかげで知っていることがある。
時々する贅沢が、一番心を豊かにするのだ。
「ま、いいや。ご飯つーくろ」
それに、私には魔法以外に突出した才能はない。
そんな平凡な私は、恵まれずとも恵まれている、平凡な生活が一番似合っている気がする。
魔法使いによる犯罪が減ったという内容のテレビニュースを見つつ、私は自炊した夕食を口いっぱいに頬張った。
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