第9話 別れ
三カ月が経過した。
色々あったが、ようやく私がここから解放される日だ。
短い間だったが、ここで得られたものは大きかったと私は思っている。
「お世話になりました!」
「気を付けてな、冥嬢ちゃん」
「花道さんもお元気で!」
結局、花道さんはずっといい人だった。
全身ボロボロで帰ってきたことがあった時はとても心配したが、次の日には問題なく活動していて、驚愕したのを覚えている。
「冥ちゃん、もうこんな所にはくるんじゃないよ?」
「アイスカイナの奴らにも気を付けてな、冥さん」
呉羽さんと如月さんは、私への態度が三カ月前とは変化していた。
当初は敵意に近いものを私に向けていたが、今は仲間意識の方が大きそうだ。
あいすかいな?というテロ組織による事件の解決に私が関わったことは、すでにエンドストップ内では周知の事実だ。それが理由で、私はちょっとした信頼を獲得していた。
もちろん、このことはこの部隊以外には一切知らされていない。というか、私がそう頼み込んだ。罰も免除してもらった。主に呉羽さんのおかげで。
「こら、鬼灯! 冥ちゃんが行っちゃうぞ!」
「わぁーってるよ。全く……」
如月さんが呼ぶと、鬼灯が怠そうにやってきた。
この男だけは、三カ月前とは態度がほとんど変わっていない。
ガキ呼ばわりはなくなったが、元々の魔法使い嫌いがあるためか、私とは目すらもあわせようとはしない。
「鬼灯、なにか言うことは?」
「ああ? なにって?」
「お前……冥ちゃんが魔法で助けてくれなきゃ死んでたんだぞ?」
「……」
鬼灯が複雑な表情を浮かべている。
嫌っている魔法使いに命を助けられたことが、そんなに嫌なことなのだろうか。
「……ちょっと、二人にしてください」
「なんだよ、俺らの前だと恥ずかしいのか?」
「そうだよ! はやくどっか行けって!」
私を見送ろうとしていた隊員の皆さんが、玄関から離れて二階に上がっていった。
鬼灯は気まずそうに目を逸らしている。私から話を切り出した方がいいのかと迷うが、意を決したのか、鬼灯がゆっくりと口を開いた。
「荒巻に俺は殺されそうになった。隊長とお前がいなきゃ、本当に死んでたと確信できる」
「そうらしいね」
「助かったよ、ありがとう」
「今更だけど素直だね。三カ月前とは大違い」
「あれは……その、俺が偏見を持ちすぎてた。謝るよ、ごめん」
「いいよ、別に。私にとってはよくあることだし」
「……何か、頼みごととかあったら引き受けてやるよ」
それなりに感謝はしているようだ。
口ぶりからして、今頼まなくても良さそうな雰囲気はあるが、私にはどうしても聞きたいことが二つあった。
私は「それなら」と前置きし、頼みごとを口にする。
「その左目、なんで潰れてるの?」
「ああ、これか? 前に魔法使いにやられたんだよ」
「犯罪者の?」
「そうだ。俺は対人戦闘の成績がめちゃくちゃ良かったからさ、魔法使いを捕まえる時はそれを生かして前に出まくってたんだけど、油断してこのザマだ」
「治らないの?」
「治るわけないだろ。おかげで成績はだだ下がりだ。前は隊長とも互角に戦えてたのに、今じゃ足元にも及ばない。いかに自分が才能に胡坐をかいていたか理解したよ」
「そう……」
きっと彼は、この仕事にやりがいを感じていたのだろう。
その才能を生かして犯罪者を捕まえ、周りの役に立っていたことを実感していたはずだ。それがいきなりなくなれば、劣等感を抱くのも無理はない。
その元凶である魔法使いが嫌いになる気持ちも、分からなくはない。
「じゃあ二つ目。これは別に嫌なら良いんだけど……」
「────
私の言葉を先取りし、鬼灯が名前を名乗った。
茫然としている私に、鬼灯が薄く笑いかける。
「俺の名前が知りたかったんだろ? これが俺の名前だよ」
「え……いいの? 私、魔法使いなのに」
「いいよ、お前は言いふらすような奴じゃないし、これを悪用するような奴じゃないだろ?」
「……まあ、そうだけど」
なんか負けた気がする。
私の年齢は十三歳だが、ご先祖様からあるものを受け継いでいるため、精神年齢は人間の平均寿命よりも上だ。感性は肉体年齢にひっぱられもするが、それでもこんな二十歳の男に敗北感を覚えたくはない。
「ねぇ、ちょっとしゃがんで」
「頼みごとが多いな? いいよ」
翔が私の目の前に跪く。
傷だらけの顔が目の前に来た。特に左目のあたりは酷く、いくつもの火傷のような跡が残っている。
私は傷の少ないおでこに狙いを定め、強めのデコピンを食らわせる。それと同時に、私は魔法を発動した。
「あいたっ!?」
「私をガキ呼ばわりした報い! それで全部許してあげる」
「まだ根に持ってたのかよ……悪かった────あれ?」
「じゃ、またね?」
翔が言葉を発する前に、私はそそくさと玄関を出ていく。
名前を知れたため、私は彼の体に直接的な影響を及ぼすことができるようになった。
「目が……治ってる」
これは私の気まぐれだ。感謝されようとは思わない。
けれど可能なら、私は彼に今の仕事を続けてほしいと、そう思った。
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