第8話 助けられた

 さきほどの攻撃のトリックを見破ろうと思った俺は、とりあえずやつ荒巻に向けて石ころを投げまくった。


 その結果、衝撃波は発生せず石ころは彼に命中したが、毛ほどのダメージも与えられていない。


 荒巻は未だ隊長の相手で手いっぱいだ。しかし、隊長も永遠に動けるわけでは無いため、トリックを暴くにしても少し急がなければならない。


「この強さは、間違いなく断片級の強さ……」


 断片ほどの魔法の強さがなければ、扱えない技であることは間違いない。


 つまり、複数の事象を組み合わせるか、なんらかの身体機能を極限まで強化した結果、あの事象が発生している可能性がある。


「石ころと銃弾には反応しなかった……つまり、害のあるものを自動で弾いているのか?」


 今のところあの攻撃が発生したのは、特殊兵装を持って彼に近付いた場合のみだ。

 そこから俺は少しの希望を見出し、ビー玉ほどの大きさの粉っぽい玉を取り出した。


「こいつを使うのは初めてだな────いけっ!」

「……ん? おわっ!?」


 そして投げつけたのは、催涙ガスと同じ効果をもつ粉の塊だ。


 思った通り、それは荒巻の体の寸前で弾けて粉々になり、荒巻の体を包み込むように広がっていく。


「隊長!」

「ナイスだ鬼灯!」


 今、荒巻の目は粉の効果で痛みを発しているはずだ。

 やつの魔法が肉体操作系であれば、間違いなくそれに順応するように肉体を改造するだろう。


「だが、魔法にもリソースはある。改造中に攻撃すれば、あの衝撃波は出せない可能性が高い!」


 肉体の改造は多くのリソースを要する。それは事実だ。

 隊長にだけ攻めさせるわけにはいかないため、俺は再び特殊兵装を構えて荒巻に接近する。


 荒巻は目を閉じているが、接近した隊長のナイフを紙一重で避けていた。

 隊長も渋い顔をしている。やはり、目を潰しただけでは決定打になりえない。


「感覚機能の強化か? だとしたら、さっきの衝撃波を出すときも、それが関係しているのか?」

「クソッ、いてぇなあ!」


 荒巻が目を見開いた。

 催涙粉を当ててから五秒も経過していない。肉体を改造するにしても、まだ時間がかかるはずだ。


 よく見ると、荒巻の目が赤くなっているが、どうやら根性で催涙ガスの成分を耐えているようだ。このままでは、衝撃波が問題なく発生してしまう。


 荒巻の眼前まで近付いている俺は、衝撃波に備えて身構えた。


「まっずい────」

「ふっとべ!」


 鼓膜が破れた。

 それほどの威力の衝撃波が放たれ、俺は面白いくらいの速度で吹き飛んでいく。


 木の幹に強く叩きつけられた俺は、衝撃による痛みと脳震盪で気絶しそうになっていた。


 ────動け、動け動け動け!


 なんとか特殊兵装を掴むことには成功するが、四肢に力を入れようとするとプルプルと震えてしまい、まともに動くことはできない。


「隊、長……」


 隊長は戦闘を継続していた。

 しかし、明らかに先程よりもパフォーマンスが低下しており、次に荒巻からの一撃をもらえば俺のように倒れてしまうだろう。


「せめて……ナイフを託さないと」


 特殊兵装を隊長が二つ持てば、状況が改善するかもしれない。そう考えた俺は、精一杯の力で地面を這いながら、隊長の元へ近付いていく。


「この、距離なら」


 投げればナイフを届けられる位置まで来た時、荒巻の動きが止まる。

 隊長はその隙を突いて攻撃を仕掛けるが、荒巻はいとも容易くそれを受け流した。


 鼓膜が破れていて分からないが、荒巻は誰かと話している様子だった。携帯も持たずにどうやって話しているのかは、俺には分からない。


 ────揉めているのか?


 荒巻は焦っているように見えた。

 そして、悔し気な表情をしたあと、俺たちを置いてどこかへ飛び去って行った。


 ────終わった、のか。


 安心した俺は、駆け寄ってくる隊長を視界の端に捉えながら気絶した。



    ◇



 最悪な報告を二つ受けた。


 一つは、麻酔で眠らせても民衆の洗脳が解除されないこと。

 もう一つは、俺たちは大勢の民衆によって囲まれ始めており、着々と逃げ場がなくなっていることだ。


「如月さん!」

「どんな洗脳をされてるかは分かったか?」

「多分、『エンドストップは死すべし、殺しても罪にはならない』みたいな感じだと思います!」

「おっけー、マジで無理かもしれん」


 洗脳内容がピンポイント過ぎる。

 気付くのがあまりにも遅すぎるが、おそらく俺たちは嵌められたのだ。この事件の首謀者は、俺たちエンドストップを掃討するつもりのようだ。


「如月さん! 民衆が追い付いてきました!」

「おいマジか、前にもいるぞ!」


 挟まれてしまった。

 あまりにも極限状態のため、民衆を殺すべきではないのかという考えがよぎる。事実、特権としてそれは認められている。


 しかし、エンドストップの誰もがそれを選択肢には入れない。


「殺すのは、正常な判断力を持った犯罪者だけ……だが」

「ど、どうすれば! 如月さん!」

「もう、終わりか────あ?」


 民衆は銃口をこちらに向けている。

 避ける術はない。終わったと思い空を仰ぐと、そこには奇妙な光景が広がっていた。


「星……?」


 心地の良い青空に、無数の星々が煌めいていた。

 オーロラよりも珍しそうなその光景に見惚れていると、周囲から悲鳴が上がり始める。


「うわっ、銃!?」

「どこ、ここ? 森? なんで??」

「なんでこんな場所に……?」


 民衆の反応が明らかに変化している。


「魔法反応の確認! 急げ!」

「もうやってます────反応消失! 代わりに、我らの拠点で大きい魔法反応が!」


 疑問は多くある。隊長と鬼灯が無事かどうかも分からない。

 だが混乱している俺の頭の中には、ある一人の少女が浮かんでいた。


「冥ちゃんが、やったのか?」


 その声は民衆の声にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。

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