第7話 本物の洗脳

「如月! そっちの指揮は頼んだ!」


 そうして一時的に指揮を取ることになった俺は、洗脳された人たちを助けようと広場へ走る。


「如月さん! 洗脳された人を助ける方法は────」

「麻酔銃で眠らせればいい! それか、全力でビンタしろ!」


 洗脳と言っても、物はそこまで厄介ではない。

 洗脳されている人の意識は混濁しており、あらゆる動作がゾンビのようになるからだ。


 できるだけ、彼らに痛い思いはさせたくない。しかし、麻酔弾にも限りがある。

 俺は後輩に指示した通り、全力でビンタすることにした。


「ちょっと、なにするんですか!」

「なっ……え?」


 一人の胸ぐらをつかみ、ビンタをして洗脳を解こうとするが、明らかな抵抗の意思を感じた。


 その男性は明確に意識を持っており、とても洗脳されているようには見えない。


「あ、ああ。すみません。間違えました」


 どうやら、この中には洗脳されていない人も混じっているようだ。

 そのことを他の隊員に周知しようとすると、周りからも声が上がる。


「如月さん! こっちの方、洗脳されてないです!」

「こっちもです!」

「分かった! 誰か、魔法反応のある人を端末で調べてくれ!」

「もうやってます!」


 でかした、と思いながら、俺はその隊員の端末を覗き見る。


 端末の画面はレーダーのようになっている。そのため、この大人数を一気に探知すると反応まみれになり、明確に誰が洗脳されているかが分かりづらい。


「反応が多すぎるな……探知範囲を絞ってみろ」

「では、大体半径五メートルに」


 範囲を絞らせたが、今、俺の周りにいる人たちは洗脳されている状態だった。


 俺は違和感を覚え、反応のあった人の一人に声をかける。


「すみません。私、近くの駐屯地のものですが」

「あ、あなたが?」

「今、周囲を調べたところ、あなたに魔法の反応を検知したのですが……」


 俺が自衛隊員だと知るや否や、その男は懐に手を伸ばした。


 さきほど覚えた疑問が確信になった俺は、その男を取り押さえようとする。

 しかしそうする前に、後ろから誰かに手を引かれた。


「危ない!」


 ────パァン、と乾いた音が響いた。


 見ると、横にいた女性が拳銃を持っており、その銃口をさきほどまで俺がいた場所へと向けていた。


 流れ弾は射線にいた別の人物に直撃しており、それは、明確に殺意を持って放たれたものだということが分かる。


「き、如月さん。これは」

「────総員、退避ッ!」


 俺は隊の全員を、森の中へと退避させた。


 俺も即座に木の陰に隠れるが、状況は本当に最悪だ。

 隠れている木へ銃弾が雨のように突き刺さっている。


 悪い予想が、当たってしまった。


「如月さん! これは一体!」

「……あれは、間違いなく洗脳だ」

「しかし、洗脳された人は、あそこまで明確な意思を持つことはないはずです!」


 俺もそう思っていた。

 しかし、今思えば、この事態も警戒しておくべきだったのだ。


 普段出会う魔法使いは全て、昔存在した伝説の魔法使いの魔法の、その残滓を使っているにすぎないのだから。


「それは、魔法の力が弱かったからだ」

「それは……どういう」

「彼らがかけられている魔法は、人間の頭に別の価値観を埋め込み、完全に支配してしまう」


 俺は特殊兵装を手に取りながら、覚悟を決める。


「本物の洗脳だ」



    ◇



 ────強すぎる。


「ほらほらぁ! 近付けるもんなら近付いてみろよ!」


 荒巻は近くに生えている木を、引っこ抜いては投げ、引っこ抜いては投げを繰り返している。


 俺は、それを避けるのに必死になっていた。

 あまりにも狙いが正確すぎる。


「鬼灯! あいつの魔法の力はおそらく『断片』のレベルだ」

「でしょうねっ! どうやって距離を詰めましょう?」


 隊長が強引に前に出た。

 当然、それを見た荒巻は、集中的に隊長に木を投げつける。


「やけになったか!」

「どうだろうな!」


 投げつけられた樹木を、隊長は特殊兵装のナイフで両断してみせた。


 荒巻は驚いているが、怯まず樹木を投げ続ける。

 しかし、隊長はそれらを前進しつつも全て両断し、少しずつではあるが距離を詰めることができていた。


「やっべーなそのナイフ! どこのメーカーだ?」

「残念、売ってねーよ!」

「────この隙を狙えってことか? 説明不足にもほどがあるだろ隊長……」


 そんな余裕がないのは分かるが、少しは合図を出してほしいものだ。


 隊長の相手でいっぱいになっている荒巻へ、俺は一気に距離を詰める。

 そして、彼の首元へ向けて、素早くナイフを振りかざした。


 ────そう、しようとした。


「ぐあっ!?」

「残念~」


 荒巻に肉薄した瞬間、凄まじい衝撃波が、俺を真後ろへ吹き飛ばした。


 即座に体勢を立て直すが、何が起こったか理解ができない。

 しかしこれは、如月さんを吹き飛ばしたものと同じものだろう。


「どんなトリックだ……?」


 彼の能力は肉体の操作で間違いない。

 だが、今まで同じタイプの魔法使いを相手にしてきて、こんな現象は起こったことがない。


 つまりある程度、魔法の力が強くなければ発生させられない現象なのだろう。


「クソッ、これだから魔法使いは嫌いだ」


 このままでは、隊長が距離を詰められたとしても攻撃を当てることはできない。


「仕方ない。色々試すか」

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