第5話 助けたい

 さきほど、街中で魔法が使用されたことを知らせるブザーが、このエンドストップの拠点で鳴り響いた。


 それを聞いた鬼灯たちは、特に作戦会議もせず、驚異の速度で準備を済ませて出動していった。

 今ここに残っているのは、私と呉羽と呼ばれている青年のみだ。


「呉羽さんは行かないんだ?」

「お前を見張らなきゃダメだからな」

「ふーん」


 暇だ。


 ここで拘束されてから一か月が経つ。その間、私の非魔法使いに対する認識は一切変わっていないが、ここの隊員の私への態度は、少しづつ変化していた。

 鬼灯は私をガキ呼ばわりする頻度が減った。少しは、自身の幼稚さに気が付いたのだろう。


 しかし、ここ一カ月で、私は何か特別なことをした記憶はない。ここまで態度が柔らかくなったのは、心理学における「単純接触効果」というやつのおかげだろう。


「ねぇ、今回の犯罪者も拘束されるのかな」

「可能性は低いな。元々、魔法犯罪者の逃走力はかなり高いから」

「逃げられるんだ?」

「いや、警告なしの発砲で射殺」

「特権ってやつ? ここ本当に日本かよ……」


 ドン引きである。

 やけに牢屋にいる魔法犯罪者が少ないと思ったら、射殺されていたという事実を知ったので、少し犯罪者に同情してしまう。


「お前は幸運だよ。お前を捕まえたのが雅楽じゃなくて如月だったら」

「だったら?」

「脳天に五秒で一発だ」

「うへぇ」


 如月さんはかなり冷酷な人間のようだ。

 私は今生きている幸運を噛みしめながら、思い出したように呉羽へ頼みごとをする。


「ねぇ、おじいちゃんに会わせてよ」

「別に良いけど、なんでだ?」

「暇だから」

「仕方ないな」


 おじいちゃんは牢屋で拘束されている。

 私と違って、エンドストップの人間に抵抗してしまったからだ。


 私は、案内してくれるという呉羽の後ろをついて行った。


 牢屋のある場所は清掃が行き届いていて清潔だ。収容されている犯罪者の衣服も清潔に保たれており、印象として抱いていた暗い感じはほとんどない。


「ほら、こいつだろ」

「おじいちゃん! 元気?」

「冥? おお、久しぶりだなぁ」


 おじいちゃんも元気そうだ。

 ここで拘束されてから、私はおじいちゃんと全然会えていなかった。


 おじいちゃんはこの世で私に優しい数少ない人で、唯一の家族だ。無事に会えて、とてもホッとしている。


「薬はちゃんと飲んでるの?」

「ここの人に頼んで飲ませてもらってるよ。安心しぃ」


 その後も他愛もない話を続け、話の流れで、自然とエンドストップについての愚痴を、おじいちゃんにこぼす。


「────でさー、エンドストップの奴らマジで嫌な奴らばっかなの!」

「おーい? 当人がここにいるぞー?」

「私は誰にも迷惑かけてないってのに、魔法使いだからって差別してさ」

「そうかぁ」

「特に鬼灯ってやつがさ、ずっと私のことを見下してくるの!」

「そいつは大変だなぁ」


 私でも認識できない程にうっ憤が溜まっていたのか、どんどんと愚痴が零れてくる。


 止めることのできないその汚濁を、おじいちゃんは微笑みながら受け止めてくれている。その状況に心の中のもう一人の私が「まだまだ子供だな」と、見下したように語り掛けてくる。


「……ごめんね、久々に会ったのに愚痴ばっかりで」

「別にええ。仲良くなれてるじゃないか」

「仲良くない! 非魔法使いは嫌いだもん!」

「ほーう? じゃあ、次のことを聞いたら、お前はどうする?」

「え?」


 なにやら不穏な雰囲気を感じ取りながら、私はおじいちゃんの次の言葉を待つ。


「────今回の出撃で、エンドストップの半数が死ぬぞ」

「……は!?」


 驚いた声を上げたのは、私と呉羽だった。

 私がおじいちゃんに問いを飛ばすよりも速く、呉羽が焦った様子で声を上げる。


「何の冗談だ? 何を根拠に」

「知らんか? 魔法使いは魔法以外に、第六感も優れてるんだよ」

「それは知ってるが、お前は……」

「牢屋に入っていようと、どれだけ離れていようと、わしのような魔法使いにもなれば、どこで何が起こっているかを広い範囲で知れる」


 呉羽は言葉を失っている。

 おじいちゃんの予言は本当によく当たる。第六感が優れているとはいえ、私でもそこまでの精度と広さを再現することはできない。


 魔法そのものは私の方が断然優れているが、その点においては、生涯おじいちゃんに勝てることは無いだろう。


「それが、どうしたっていうの?」

「別にいいか? おそらく、お前の言っている鬼灯という青年も死ぬぞ」

「別にいいんじゃない?」

「なぜそう思う?」

「決まりでしょ、人の生き死にに無暗に干渉しちゃいけないっていう」


 そう、決まりがあるのだ。

 人が死ぬと分かっていて無暗に助けようとすることは、先祖代々禁止されている。


 別にそれについて異論を唱える気は無いし、今回のことも気に留めることはない。


「冥、その決まりだが」

「なに?」

「なぜ、決まりの全てに“無暗に”って言葉が付いてると思う?」


 そんなこと、考えたことはない。

 決まりは決まりだから、言葉狩りをするようにルールを破るような姑息さを、私は持ち合わせていない。


 決まりは決まり。破る気はない。


「本人が考えた結果を尊重するためだ。冥、言ったはずだぞ」

「……」

「その魔法と生きるなら、考えることをやめてはいけない」


 ────考える。


 私は非魔法使いは嫌いだ。それは変わらない。

 エンドストップの奴らも嫌いだ。冷酷で執拗で、とても分かり合えるとは思えない。


 ────考える。


 しかし、そんな偏見を持つことは、私が嫌っている非魔法使いと同類になることなのではないか?

 私は、私が嫌う人種と同類になりたいのか。


 ────考える。


 ご先祖様は何を言うだろうか。

 賛同? 否定? いや違う。これは委ねているのか?


 やはり無責任だと、私はご先祖様を振り返る。


「はぁ……どうすればいい?」

「それが答えか? なら、簡単だ」


 私は、おじいちゃんの言った通りに魔法を使った。

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