第4話 本名
失敗した。
そういえば、魔法で他人の体や行動に直接影響を与えるには、その人物の本当の名前を知る必要があった。
それを忘れていたため、あの「鬼灯」という男を、私は未だにどぶに落とす事ができていない。
とても悔しい。ここで拘束されて一週間経つが、ずっとガキガキ言われっぱなしだ。
「心を読む……? いや、それはおじいちゃんに禁止されてるしなぁ」
私のこの魔法は、何世紀も遺伝という形で継承されているものである。
今まで何人ものご先祖様がこの魔法と共に暮らしてきたため、魔法を使うにあたって、禁止されていることが五つほどある。
その中の一つに「無暗に他人の思考を読んではいけない」というものがあった。
「鬼灯ってのが本名なわけないしなぁ……」
「なに、冥ちゃん。鬼灯の本名が知りたいの?」
「うわっ!?」
私のソファの隣に座ってきたのは、ここでは「如月」と呼ばれている男だった。
年齢は二十代後半らしい。ロングヘアーをポニーテールに結んでいる彼は、花道さんに次ぐほど、私への態度が柔らかかった。
ただ、魔法使いに対する警戒心は、人一倍多く持っているようだ。
「……まあ、そうですね」
「そっかー」
「無理ですかね?」
「魔法使いに本名を教えるなんてリスキーすぎて、無理無理」
「ですよねぇ」
当然である。
かなり昔、まだ人々が本名を名乗っていた時代。
ある一人の凶悪な魔法使いが、人々の名前をかき集め、被害者数千万人のテロを起こす事件があった。
それ以来、本名を名乗る人間は、この広大な世界と膨大な歴史で、数えるほどしか存在してない。
同じ魔法使いとして、とても迷惑な話である。禁止されているが、歴史を改変してその事件をなかったことにしてやろうか。
「冥ちゃんはさ、学校はちゃんと行ってるの?」
「行ってますよ。将来、ちゃんと生活するためにも」
「偉いなぁ。学校でイジメられたりするでしょ?」
「まあよくありますけど、全然大丈夫ですね」
私には魔法のほかに、先祖代々継承してきたあるものがある。
それのお陰で、学校でイジメられてもなんなく過ごすことができていた。
如月さんは話が上手い。その後も私との会話に付き合ってくれて、暇つぶしにもなるので、とても感謝している。
ただ、そんな彼にも仕事がある。
「……そろそろ任務の時間だ。じゃあね。冥ちゃん」
「はーい」
「鬼灯にいじわるしたい気持ちは分かるけど、魔法を使ったらだめだよ。すぐ分かるからね」
「はーい」
如月さんが部屋から出ていく。
今のは警告だろうか。私にはそう聞こえたが、どうか安心してほしい。
ちゃんと意識して魔法を使えば、エンドストップの魔法探知に引っ掛からないようにするのは造作もない。
私は鬼灯への嫌がらせを考えながら、その日を過ごした。
◇
「クソガキてめぇ!」
「あっ、如月さん! 私青こうら来た!」
「あっ、ちょっ、やめて? 俺今一位だから!」
「えーい!」
「あーーーっ!?」
翌日の夜、私は如月さんとレーシングゲームをしていた。
如月さんとゲームをするのはとても楽しくて、私に気を使って手加減をしてくれているのが分かるが、そんなことは気にならない程に、彼は人当たりが良い。
そこに、顔をゆでだこのように赤くした鬼灯がやってきた。
「聞けや! ガキ!」
「なに? 今ゲームしてるんだけど?」
「てめぇ、俺の勉強道具どこにやった?」
「さーぁ? 知らなーい」
鬼灯の方を振り返らず、私は煽るような声色で言葉を返す。
彼の声色からは、本気で起こっている感情が伝わる。
愉快だ。非常に愉快だ。自分の口角が上がるのを必死に抑える。
「知らないけどー、近くの公園にでも埋めてあるんじゃない?」
「はぁ?……ここからは出られないはずなのに、どうやって」
「私、やってないもーん」
我ながらとても生意気である。
公園に魔法で勉強道具を埋めたのは私だ。私の魔法の影響範囲は、実質的に無限なのだ。魔法の探知機にも引っかかっていない。
私を責めるのに、十分な証拠は存在しない。
「このクソガキ! ぶっ飛ばす!」
「落ち着け鬼灯……冥ちゃん、返しなさい」
「え?」
「鬼灯の勉強道具」
しかし、如月さんは私を叱ってくる。
一緒に遊んでいたとは思えない程、彼の声色は冷たい。
私はさすがにやりすぎてしまったかと思い、無言で女子トイレに入る。
「おいクソガキ! トイレに籠ってんじゃねぇ!」
鬼灯も怒っている。さっさと元に戻すとしよう。
「戻れ」
私がそう言うと、昼間、私が魔法で公園に埋めた勉強道具が、手元に戻ってきた。
私はトイレから出て、無言でそれを鬼灯に手渡す。
「トイレに隠してやがったのか! それも女子トイレに!」
「あっはっは、それじゃあ鬼灯には取り戻せないね」
「……もう寝る」
「ふん、クソガキはさっさと寝ろ」
「おやすみ、冥ちゃん」
如月さんは優しいと思っていた。
しかし、結局は他の非魔法使いと同じだ。
私が嫌がらせをしたら怒るが、鬼灯の私に対する暴言には何も言わない。
やはり、非魔法使いは大嫌いだ。
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