第3話 どぶに落ちろ!

 日本に複数の拠点を構える、対魔法犯罪専門の特殊部隊。それがエンドストップだ。


 彼らは、国内で発生した魔法犯罪を中心に、犯罪者の拘束、無力化などを担当している。さらには、たまに国外へと派遣されたりもする、世界でも特に信頼度の高い組織だ。


 私は彼らが嫌いだ。

 自分の身を護るために魔法を使っても、それを犯罪だと見なして捕まえに来る。


 その見境の無さと、冷酷さが、魔法を使える私にとっては非常に怖く感じるのだ。


「……じゃあ、魔法を使ったのは、階段から落ちたので身を護るためだと」

「そうです。誰にも迷惑かけてません」

「あの時、俺をねじ伏せたのは? あれも魔法か?」


 どうやら、私の目の前にいるのは、私が「暴れないで下さい!」と、魔法でねじ伏せた男のようだ。

 年齢は三十後半だろうか。剃り残された髭と後退している生え際からは、毎日ストレスを感じて生活していることが感じられる。


「はんっ! 女子中学生の気迫に負けただけでしょ! ザッコ!」

「……はぁ、もういい。犯罪性がないことは分かったからな」

「そう? じゃ、さよなら────」

「三ヶ月の拘束で許してやる」

「なんでぇ!?」


 そう、こういうところが嫌いなのだ。



    ◇



「と、いうわけで」

「……冥です。よろしくお願いします」


 目の前の大人たちが、とても嫌そうな顔をしている。

 牢屋に閉じ込めておくほどではないとは言え、特殊部隊に所属する人間の監視下で生活するというのも、非常にストレスの溜まる話だ。


「隊長……マジすか」

「マジだ。牢屋に入れるほどじゃないんだろ? 雅楽」

「ええまあ、そうですけど」


 私が言葉でねじ伏せた男は、雅楽と呼ばれているようだ。


 私を紹介したと呼ばれた男は、嫌そうな顔をしている大人たちを、説得するように言葉を続ける。


「そう身構えるな。相手は魔法使いと言えど、中学生だ。仲良くやれよ」

「えぇ……」


 仲良くなるのは無理だろう。

 この日本での、魔法使いに対する風当たりは本当に強い。

 魔法使いでは利用できないスーパーや飲食店があるほどだ。


 むしろ、隊長と呼ばれているこの男が異常なのだ。

 私に対してここまで優しい態度をとる人間を、私は家族以外で初めて見た。


「あ、冥嬢ちゃん。俺の事は“花道”って呼んでくれ。隊長、とかでは呼ばなくていい」

「あっはい」

「じゃ、自己紹介は各々でしとけよー。あ、鬼灯ほおずき

「はい?」


 大人たちの中でも特に若そうな男が花道さんに呼ばれる。

 こんなに若い人もいるのかと驚いたが、彼の潰れた左目が目に入り、どうやらろくな人生を歩んでないのだろうと察した。


 私なら治してあげられる。非魔法使い(特に男)は嫌いだが、それくらいのことはしてあげようかと私は思った。


「お前、この子の監視役な。若いうちに経験積んどけ」

「嫌です! ガキも魔法使いも嫌いなのに、こんな負のミックスジュースみたいなやつと関わりたくありません!」

「……はぁ?」


 撤回しよう。絶対治さない。

 なんなら、雅楽のように生え際を後退させてやろうか。そう思ってしまうほどに、私は彼の発言に苛立った。


「上官命令だ。じゃ、頼んだ」

「ちょっと! 待ってください、抗議します!」

「解散解散! 各々仕事に戻れー」


 その場から大人たちが散っていく。

 今のところ、一番安心感のある花道さんもどこかへ行ってしまった。


 その場に残ったのは私と、鬼灯と呼ばれた青年だけ。


「……」

「……」


 無言で睨みあうが、埒があかない。

 身長差は二十センチ以上ある。当然、彼の方が上だ。逆らったりはしない方がいいだろう。


 それでも、最大限の抵抗として、私は生意気な態度を取り続ける。


「私は冥。好きな物は自分自身。嫌いな物はあなたたち」

「こんの、メスガキ……!」


 どうやら、彼の煽り耐性は皆無なようだ。これはいい、とてもいい。


「あなたが私に、どんな態度をとろうが気にしません。しかし、私にあまり話しかけないで下さい。バカが移ります」

「……俺は鬼灯。好きな物は甘い物。嫌いな物は魔法使い」

「ふん」


 彼の好きな物などどうでもいい。

 とにかく、これから三か月間、彼には関わらないよう気を付けよう。


「ほら、もう八時だぞ。お子様は寝る時間だ」

「私は子供じゃない!」

「うっせガキ。お前はガキだ、お子様だ」

「子供じゃないっての!」


 撤回だ。

 これから三か月間、彼には嫌がらせを続けてやる。


 取り敢えず明日、どぶに頭から突っ込む呪いをかけよう。


「どぶに落ちろどぶに落ちろどぶに落ちろ」

「落ちねーよ、バーカ。ガキ」


 そうやって余裕ぶっていられるのも今の内だ。

 私が感情的になれば、どんな人間も逃げられない。


 明日が楽しみだ。

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