第2話 やめてください!
俺たちの部隊が拠点を出発してはや六分、辿り着いたのは、住宅街の少しはずれにある、広めの庭と建物を持った一軒家だった。
見た目にはなんらおかしな様子はない。周囲にも事件性のありそうな痕跡はなく、魔法が使われたとすれば、それは家の中でのことだろう。
その家の住人に気付かれないよう、遮蔽物に身を隠しながら、俺たちは家の周囲を取り囲んでいく。俺は家の裏口らしき場所に位置取り、住人が逃げ出さないかどうかを十分警戒しながら、副隊長からの無線に耳を傾ける。
『総員、行動を開始せよ』
作戦開始の合図だ。俺は足音を殺し、裏口から家に侵入する。
すると早速、他の場所から侵入した隊員の一人が、住人を拘束したとの無線を飛ばしてきた。
『一人確保。魔法反応アリ』
その無線と同時に、家に響くほどの大きな叫び声が聞こえてくる。声からしてかなり若い女の子のようだが、その子が魔法を使ったどうかは、俺には判断できなかった。
『了解。いかなる銃器の使用も認める。しかし殺すなよ』
『了解。行動不能にさせます』
その無線からしばらくしても、銃声はここまで聞こえてこない。おそらく、麻酔銃を使ったのだろう。
そんなことを考えながら、俺は家の中をくまなく見て周る。
家の中の装飾は少ない。部屋の中に置いてあるものといえば生活に必要な物ばかりで、建物の大きさに反して、遊び心の少ない住宅だと、俺は感じていた。
『二人目の住人を発見。先程捕まえた女の子の祖父だと予想。抵抗しています』
『了解。如月と呉羽の二名を残し、他の隊員は応援へ向かえ』
『『了解』』
「了解」
始めに少女を捕えていた隊員が、すぐに別の住人を見つけたとの無線を飛ばした。
すると即座に、副隊長が応援に向かうよう他の隊員へと指示を飛ばす。
俺はそれに従い、建物の中で最も魔法反応の大きい場所へと急行した。
◇
時間は少し巻き戻る。
予想以上に速く、やつらはやってきた。
やつらは、世間では“エンドストップ”と呼ばれている魔法犯罪専門の組織だ。
家のどこかに隠れようとしていた私を、隊員の一人がいち早く見つけ、即座に捕まえてきた。マジでしつこい。
「ちょっと! 痛いってば!」
「了解。行動不能にさせます」
今、めちゃくちゃ不穏な言葉が聞こえた気がした。
声色から男性だと分かるだけで、フルフェイスマスクを被っていて素顔も分からないその男は、腰に複数あるホルスターの一つから拳銃を取り出し、私に突きつけてきた。
「えっ、ちょちょちょおおお!?」
「実銃だと死んじまうな……なら」
私は必死で逃げようとするが、両手首を片手で押さえられているため、抵抗する事が難しい。足で蹴ろうともしているが、十四歳の短い足では、大人にダメージは与えられない。
「しばらく眠ってろ」
「へっ!?」
一、二、三発。
私の首に何かが刺さった感覚を感じ取った直後、私は強い眠気に襲われる。
麻酔のような物をうたれたのだろうか、私は必死で意識を保ちながら、必死で立ち上がろうとする。しかし、足に力が入らない。
「……なにしとるんだ?」
「二人目か……抵抗せず、手を挙げて降伏しろ。拘束する」
そこに、のっそのっそと、私のおじいちゃんがやってきた。
「おじいちゃん……体悪いんだから、寝てなきゃダメでしょ……」
「大丈夫、さっき薬飲んだから、今は調子がいい」
彼の飲んだ薬には、そんな効果はない。むしろ、副作用で気分は下がるタイプだ。
さらに、さっきまでの私に対する態度が優しかったと思えるほど、その男のおじいちゃんに対する言葉は冷たい。なんとなく、おじいちゃんが抵抗してくると勘付いたのだろう。
「うちの孫を怖がらせて……ただで済むと思うなよ。小僧」
「二人目の住人を発見。先程捕まえた女の子の祖父だと予想。抵抗しています」
魔法で麻酔を体から除去する瞬間を見計らいながら、私は、その状況を眺めることしかできなかった。
◇
副隊長からの指示通りに他の隊員の応援に向かうと、そこでは戦闘が繰り広げられていた。
遮蔽に身を隠しながら拳銃を発砲する同僚と、銃弾を素手で弾きながら、魔法のような飛び道具で攻撃をする、老齢の男性。
一歩退いた場所に中学生くらいの女の子がいるが、もはやそれはどうでもよかった。
「あの老人、強くね?」
応援に来た他の隊員も集まってきたが、老人のあまりの強さに啞然としている。
いくら魔法と言えど、年を取れば他の身体能力のように衰えていく。それが普通だ。
しかし、あの老人からは、そんな衰えを一切感じさせない迫力があった。
「まずい、早く助けに入らないと」
「鬼灯!
度を越して強力な魔法使いを相手にする時しか使用しない特殊兵装も、使わなくてはならないかもしれない。
そんな緊迫した状況に、俺は、高揚感を覚えていた。
しかし、そんな高揚感も、次の瞬間に鎮火する。
「やめてください!」
その言葉を聞いた瞬間、一気に戦意がそがれていく。
戦っていた隊員や、その他の隊員も同様に、さきほどまであった気迫を一気に失っていた。
────なにが、起こった?
異常事態が起こったのは事実だ。
ふたたび戦おうと意識を高揚させようとしても、まるで何かに妨害されているかのように、気分がどんどん、どんどんと沈んでいく。
おそらくその原因である女の子は、小鹿のように震えている足で立ちながら、俺たちに向かって吠える。
「もういいです! 捕まえてください! その代わり、これ以上暴れないで下さい!」
「それは……しかし、この男を拘束せねば────」
「暴れないで下さい!」
「ッぐ……」
その女の子は、強い気迫がある訳では無い。
しかし彼女は、自分よりも体格、年齢が上の男を、言葉一つでねじ伏せて見せた。
「いいの? 冥ちゃん」
「おじいちゃんも! もうやめて!」
「はいはい」
老人から、魔法の反応が消えた。
それから少し後に、俺たちは女の子と老人を拘束し、拠点へと戻っていった。
拠点に戻る途中の車の中で、女の子に言葉でねじ伏せられた同僚は、不思議そうにこう語っている。
「あの子……冥、だったか? その子に“暴れるな”って言われた時、全身の筋肉が一気に消え去ったかのような感覚を覚えた」
「それは……」
「気を付けろ、鬼灯。あの子には、何かある」
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