言霊のアミュレット
科威 架位
第一章
第1話 死にたくない
死ぬ直前、人は何を願うだろうか。
いやもしかしたら、何も願わず死ぬ人もいるかもしれない。
しかし、死ぬ直前に人が願うこととして、最も有力な候補に上げられるのは「死にたくない」という想いだろう。
ここで「やっと死ねる」なんて願う人間を私は知らないし、なるべく存在してほしくはないと思う。
「あっ、やばっ」
突如として体を覆う浮遊感、その直前にある、足が何かを滑らした感覚、そして、今自分が立っていた場所、それらの情報から私が0,000001秒で出した結論は、階段で足を滑らした、ということだった。
両手に抱えていた洗濯籠には、少なくない洗濯物が入っている。ざっと二十キログラムはあるだろうか。
米俵よりは流石に軽いが、これが私の顔にでも落下すれば、私の麗しい顔が悲惨な末路を辿ることは目に見えている。
というかそれよりも、今私が立っていたのは、三十段くらいの長さの階段の、かなり上の方である。このまま落下すれば、私は後頭部を激しく打ち、死んでしまう可能性が非常に高い。
「……死にたくない」
咄嗟に、心の底からの言葉が出た
呟いた瞬間、私はやらかしたと思った。無意識で魔法を使ってしまった。
直後に体を包む暖かいナニカ。近くの窓から見える、真夏の昼空に輝く無数の星々。
ああもう終わった。“奴ら”が来る。
世間に聞く奴らの厳格さやしつこさは、傍から見ていてもドン引きするほどだ。
奴ら、というのが誰かというと国家の犬、公営ヤクザ、暴力組織……まあ、そんなところだ。
いっそ開き直って知らんぷりしてやろうか……なんか、それが一番良い気がする。
そんなことを考えながら後頭部を強く打ち付け、顔面に洗濯籠を強く叩きつけられた私は、全くの無傷だった。
今日は土曜日、お昼ご飯を食べ終わったくらいの時間帯。
私の人生は、ここから大きく変化していく。
◇
この世界には魔法が存在する。
とは言っても種類はそれほど多くなく、世間に浸透しているのは「心根の魔法」という、自身の理想を実現するための力を得る、という内容の魔法くらいだ。
当然、そんな超常的な力を使い、犯罪をする輩も出てくる。
ある人物は他人の姿になりすまして生活し、ある人物は何百件もの強盗を一日で起こし、ある人物は個人で万人規模のテロを起こしていた。
俺たちはそんな魔法犯罪を取り締まる専門の組織で、俺「
「なにやってんの? 鬼灯」
「資格の勉強。いずれはこの仕事もやめて転職したいし」
「えー、この仕事の給料結構いいのに」
「やってられっかこんな仕事。魔法使いとかいう狂った奴らの相手なんて、もうできるだけしたくない」
俺は魔法使いが嫌いだ。ルールは守らないわ、どいつもこいつも歪んだ思想を持ってるわで、これまで仕事で彼らと絡んできて、ろくな思いをしたことがない。
「なんだ鬼灯くん、仕事やめるの?」
「隊長……ええまあ。将来的にですけど」
「えー、若いのに勿体ない」
隊長は今年で五十歳を迎える、魔法犯罪のエキスパートだ。
全国にある部隊の中でもかなり有名な人で、色々な人から尊敬されている。
「えー? 色々特殊とはいえ、一応公務員なのに」
「分かっています。ここで使える特権には助けられてますし、感謝しています。けど、それ以上に魔法使いが嫌いなんです」
「そんなに?」
「そうですね」
俺だけに限らず、世間の魔法使いに対する風当たりは強い。言うなれば、放射能と同じ扱いだ。
ゆえに、隊長は異常である。彼は犯罪者に対しては冷酷だが、一般の魔法使いに対してはとても寛容で、俺たちに対するものと同じ接し方をとる。
俺には、それがとても理解できなかった。
「あまり人を一括りで見ない方がいいぞ。これ、年上からの忠告な」
「はいはい。さっさと任務に行って来てください」
「じゃ、任務に行ってきます」
「隊長! 行ってらっしゃい!」
「行ってらー」
部屋から出ていく隊長に対して、他の部隊員も挨拶を飛ばす。
俺も適当に流し、再び資格の勉強に専念した。
数時間が経過しただろうか。
昼飯も摂り終えた後、少し休憩しようかと考え、俺は部屋のベランダから外に出る。
昼の空は快晴で、外に出た瞬間にクーラーのかかった部屋に戻りたくなるほどの強い日が差していた。
部屋の中を見ると、二十数人の隊員が思い思いの時間を過ごしている。
学校に通っていない俺にとって、この時間はとてもありがたいものだった。
「なんだ?」
ふと、視界の端に違和感を覚えた。
顔を向けた先は雲一つない大空。本来であれば絵の具のような青が広がっているはずのその空に、無数の星々が煌々と輝いていた。
「星……? この明るさで?」
直後、建物中に、魔法の違法使用を検知するアラームが鳴り響く。
部屋の中の部隊員たちは顔色を変え、すぐに準備を開始した。その速度は一般人が見たら驚愕するほどだが、本来なら俺も準備を始めていなければならない。
「鬼灯! 早く準備!」
「は、はい! すみません!」
急いで部屋に戻り、準備を始めた俺の頭の中には、先程見た光景が頭から離れずにいた。
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