ピンチ
(なんでーーーッ⁉︎)
(なのよーーーッ⁉︎)
駿と渚は心の中で絶叫した。なにせ“片付け”この言葉が指すのは— —
「これで全部ですわね」
「そのようです」
「では、そちらの用具入れにでも入れて帰りましょうか」
「はい」
こういうことです。
(万が一……というか絶対開けられる。配置の関係上見ずらいはずだが……道具突っ込まれたらバレバレなんだよな)
突破口はおろか逃げ道すらない。
(いっそのこと自分から出て行こうか)
開き直って「さっきはごめんな〜手が滑っちゃって〜」とでも謝ろうか。
(自分から出て行って、その後どうすんだよ⁉︎)
万が一渚と入っていた事実が明らかになれば、愛華に謝るどころではない。一生口を聞いてくれない。そんな生やさしいものでは済まない。それこそもっと残虐的で血みどろなことをされるに違いない。
そうやって考えている間にも、
「用具入れは……」
「あちらです」
刻々と死を覚悟する時がやって来る。
「はぁっ……はあ……っ、おにぃ、ちゃん」
と、渚からか細く今にも倒れてしまいそうな声が聞こえてくる。ヒューヒューと人体の構造上あり得ない呼吸音が聞こえてくる。
それがただ事ではないことは容易に知れた。
駿は渚に小声で囁きかける。
「もう少しの辛抱だからな」
そう元気づけ、駿はポケットに手を伸ばした。
(何か、渚を楽にできるものはないか……)
ハンカチとティッシュに,絆創膏。どれも役に立たない。次いて駿は右ポケットに手を突っ込んだ。
(おっ、これって……飴か?)
取り出してみると、塩飴。
これで少しは渚を楽にできるかもしれない。熱中症には塩分補給が大事って言うし。駿は音を立てないように包みを開けた。そして渚の口元へと運んだ。
「渚、口開けられるか?」
「……できれば口移— —」
「…………ていっ」
なんとなく言わせてはいけないような気がしたのて駿は渚の口に塩飴を突っ込んで声を遮った。唇がかなり乾いていたが、冗談を言う気力は残っているようだ。
渚がジターっとしたオーラを発しながら飴玉をコロコロと転がす。
駿は未だ渚の唇に触れている手を引っ込めようとすると— —指をはむっと咥えてきた。
「なっ⁉︎」
反射的に声を上げてしまった。
「? 今なんか聞こえませんでした?」
「そうですか? 私の耳には何も」
外にはしっかりと漏れていた。が、声が小さかったのか空耳として誤魔化せた。
(あっぶねぇ)
もう少しでバレるとこだった。
心臓がバクバク汗ダラダラ。
迫り来る愛華にそう早鐘を鳴らしていると、凄まじい力で手首が掴まれた。
そして、駿の指に舌を這わせ、ぺろぺろし始めた。ねちょてちょ、びちゃびちゃと容赦なく舐め回す。
「⁉︎ ちょっ、こら、渚‼︎」
もう愛華たちがいるとか関係ない。
「お、おい! 流石にやりすぎだ! に、にぃちゃん本気で、や……おい……やめろー⁉︎」
用具入れの中、女性のような悲鳴が反響した。
「星良さん、あの中から音がしましたよね⁉︎」
「え、ええ。私にもハッキリと聞こえました」
道具を放って愛華に縋りつく星良。口では守るだのなんだの抜かしたいだが、勇猛な姫様に助けられたモブAのようになってしまった。
そうなると釣られて……
「お姉様は勇敢ですね」
「……星良さん。わたくし苦手なもの覚えていますか?」
「男性ですよね」
「それもそうですけど……」
もっと他にあっただろうか? 星良は指折りしながら数えていく。
「……お化け」
と、そこまで言ったところで星良はおもむろに愛華の顔をのぞいた。表情筋が固まっていた。
「そういうことですので、わたくしは腰が抜けて身動きが取れません」
「立ったままですか?」
「そうですわ」
「器用ですね」
星良が生ぬるい目を愛華に向けたときには、震えは治っていた。こういうのはアレだが、真面目な人がシリアスな場面で慌てるとなんか落ち着くよね。
急に冷静になった星良は気付かれないように話を進める。
「お姉様。私が確認してまいります」
「一人で大丈夫ですの?」
心配そうに声を掛けてくる愛華にキザっぽくウィンクして見せる。
「大丈夫ですよ。私はお姉様の騎士ですから」
そして踏み出す。と、
「あらあら。さっきまでプルプル震えていたのに」
茶化すように言ってくる。
「そういうお姉様こそ腰抜けてるじゃないですか。置いて帰りますよ?」
「⁉︎ そ、それだけは……」
「ははは、お返しです」
言って動けない愛華の額にデコピンした。愛華は「やってくれますねぇ」と不適な笑みを浮かべくる。星良としてはもうちょい動けない愛華をおちょくりたいが、この辺で切り上げて、用具入れに手を掛けようとした解とき、中からすごい音が聞こえてきた。
「……あ……もう、無……理」
掠れた声を発すると同時、渚の体がグアンと傾いた。壁を破る勢いで体を打ちつける。
その拍子に扉が開き、渚の勢いは劣ることを知らない。頭から床へと倒れていく。
「渚!」
駿は咄嗟に渚の手を掴んだ。渚の動きが止まる。勢いを削いだ。あとは引き上げるだけ、ただそれだけだった。が、
「う、うわぁっ⁉︎」
筋肉が劣ったか掴んだ指がベチャっしていたのか。
駿も倒れ込んでしまう。
「く……っ」
島真の筋肉を恨んだ。このまま体勢を立たななすのは不可能。そう悟った駿は渚の頭の前に腕を滑り込ませた。
瞬間— —血管が締め付けられるのを感じた。
隣の席の女の子は百合っ子でした 誘宵やや @yaya110103
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