ありがとうございます。星良さん、彩芽さん

 その頃愛華は、一人屋上のフェンスに背を預けていた。肩を小刻みに揺らして抑まることの知らない涙を拭っていた。

 「……っ、う、うぁ……っ……う……っ」

 愛華の泣きじゃくる声が青空に響き渡る。

 「……なんで、今になって……」

 初鳴きのセミの声で消えてしまいそうな嘆き。

 「……もう……いやだ……」

 その小さな悲愴ひそうの声が届いたかのように屋上が勢いよく開け放たれた。

 太陽で照らされた二人のシルエット

 その二人をその人物を愛華は容易たやすく知ることができた。別に特徴のある影ではない。なんとなく、なんとなく— —星良と彩芽な気がしたんだ。

 二人の姿が視界に映るだけで自然とあの時の記憶が薄れていった。

 彩芽と星良は愛華を見とめると、愛華めがけて駆け寄ってきた。

 「姉さーん!」

 「……やっと追いつきました」 

 彩芽が再会を喜ぶように手を振って

 星良が息を切らしながら力を振り絞るように

 駆けてくる。

 途中で彩芽を抜かし、星良が愛華の胸にダイブしていった。

 愛華の胸にすりすりと押し付けていく。その顔は感極まった大粒の涙が見てとれた。

 そして、ボソッときこえてくる。

 「…………姉様の……バカ……」

 「星良⁉︎」

 星良の意外な行動に慌てて制止させようとするも遅い。

 星良の溢れ出る思いは止まらない。

 「……姉様、入学式のことを覚えていますか? 姉様がおっしゃったことを」

 「……」

 星良は顔を上げ、愛華を見つめる。

 が、愛華の顔は悲愴な顔つきのまま。星良と彩芽が来たことで幾分かはマシになっているが……はたから見たら、しかばねに話しかけているに見えたかもしれない。

 「もう一度訊きます。覚えていますか」

 「……」

 やはり愛華は一向に応えない。応えられない。

 「愛華さん……」

 死んだ魚のような目をする愛華に問い掛けても返事も応答も何もしない。ただ、虚空こくうを眺める愛華が傷ましく、呆然と名を呼びかけると

 — —息を吹き返したように星良に腕を伸ばした。

 弱々しく、震える手をガッチリと掴み、もう一度— —

 「愛華さん‼︎」

 名を呼んだ。

 すると、

 「星良さん、わたくしがお二人におっしゃったことを……わすれる、わけ、ないじゃないですか」

 「姉さんッ!」

 「……っ」

 彩芽が華やいだ声を上げるとは裏腹に星良は問い詰めるように愛華の肩に掴みかかった。制服にシワができてしまいそうなほど強く握りしめ、射抜くような瞳で愛華を見つめる。

 止まりかけていた涙が、押さえつけていた涙が、ダム崩壊のようにあふれる。たちまち愛華の顔はぐちゃぐちゃになった。

 掴まれたのが嫌だった。そんなんじゃない。もっと深い何かが。体を覆い、暖かくてほわっとしたものに包まれたような感覚。

 愛華はこの何かは分からなかったが、星良から眼を背けなかった。

 (……あれだけ醜態を晒し、こんなみっともない姿を見せたのに……不思議とお二人ならいい)

 そう感じた。そう思う自分がいる。どんな姿を見せても受け入れてくれる、と。

 が、この猛る思いを知りたいと考え、愛華は星良の言う『入学式』を思い返した。

 ちなみに彩芽は星良の突飛な行動を黙って見守っている。本当は自分も混ざりたいが、『入学式』の出来事が思い出せず、二人のやりとりをただ眺めていた。

 (わたくしは、入学式のとき何か特別なことをしたかしら?)

 これといって思い当たらない。

 (何か特別なこと……特別なこと……)

 頭を捻る。そして、

 (………………あれかしら?)

 半信半疑で語る。

 「わたくしは入学式の日に『わたくしのものになりませんかぁ』とお二人に告げたのは覚えています。ですが、いまのわたくしは、お二人を否定して— —」

 「そっちじゃありません!」

 入学式ならばこのことだと思っていたが、どうやら違うようだ。

 星良が荒げた声で断ち切っくる。

 愛華は唇を引き結び、彩芽は首を傾げ記憶を辿たどる。

 暫し遡り、瞑目する。すると、一つの記憶が引っ掛かる。

 互いに目配せをし、答えを確かめ合う。二人は頷きあった。

 「星良さんたら……」

 「照れちゃうよなー姉さん」

 「ええ」

 ようやく答えが合致した二人は頬を赤くしていた。

 星良が満足げに深く頷くと

 「ようやく思い出してくれて嬉しいです。彩芽さんも」

 「う……っ」

 釘を刺した。彩芽は気まずげに肩をすくめた。

 が、星良は真剣な眼差しで続ける。

 そう入学式の日に— —

 「私たちはお姉様の物であるのと同時に— —友達じゃないですか! 喜びも悲しみも分かち合え、お姉様が嬉しいと私たちも嬉しい。お姉様が悲しいと私たちも悲しいんです」

 体育館裏何気なく言われたことだ。

 それを今度は星良が愛華に訴え掛けるように言い放ちった。そして、掴んだ手を離し明後日あさっての方向を振り向く。彩芽もつられるように振り向く。

 「風が気持ちいですね」

 「ああ、そうだな」

 「そうですね」

 ちょうどそこへ風薫る五月の初夏の風がふき、髪やスカートを弄ぶ。

 愛華の帰りを祝宴するように。そして、

 — —太陽のように眩しい笑顔で

 「— —お姉様— —」

 「— —姉さん— —」

 「「お帰りなさい」」

 笑って見せた。

 愛華は呼応するように「ただいまですわ」と笑って見せた。

 その瞬間、胸が苦しきなった。締め付けられるような感覚……でも、痛くない。胸が轟き、躍り出しそう。そう感じた。

 「これは……」

 妙な胸の鼓動に戸惑いはしたが、

 「ありがとうございます。そして— —ごめんなさい」

 先にお礼と謝罪をした。

 「「え……?」」

 星良と彩芽の声が重なり合う。何かしましたか? と首を傾げていた。

 二人にとって愛華を心配するのは当然のことのようだ。愛華にとってもそれは同義。同じ状況におちいったら星良、彩芽を助けに行く。

 そしたら、愛華も同等の反応をするだろう。

 愛華はお礼の言葉を続けた。

 「授業中だというのに、わたくしを追いかけてくれたこと。わたくしに失望しなかったこと。わたくしを叱ってくれたこと。— —本当にありがとうございます!」

 愛華は起き上がると、二人の手を取り恋人繋ぎで手を握った。そして、両手に華を携え屋上の出入口からに足を向けた。


       ◇


 屋上の出入り口付近。

 主人公ポジションを取られた駿は、出て行くタイミングを逃していた。

 「……お兄ちゃん、どうしよう?」

 渚はジタバタしながら困り顔を作り、駿にすがってくる。

 駿は渚の肩に自分の手を置いた。

 「大丈夫だ。愛華はきちんと謝れば許しくれる……はずだ」

 ピシャリと言ったのけた。多少間があった気がするが、渚は無視してあげることにした。

 そして、純粋な瞳で、

 「でも、いつ謝るの? 外いい感じだよ?」 

 (そうなんですよねー! 俺の出番なしなんすわ!) 

 駿の心に風穴を開けた。どうにか良い案を考えねばならないが、そんなすぐすぐ出てくるもんじゃない。

 「……えっと、えっと、だな……」

 (なんもおもいつかねぇは! 星良さんに全部持ってがれたわ! かといってこのまま教室に帰るわけにもいかないし……)

 八方塞がりだった。前にも後ろにも進まない状況に瀕していると、渚がバシバシ背中を叩いてくる。

 「⁉︎ ちょちょちょ、お兄ちゃんってば⁉︎」

 「なんだよー。今大事な— —」

 頭の中でジャジャジャじジャーン! と天啓てんけいを突く音色が響く。

 なんせ、愛華が星良と彩芽を携えてこちらに向かって来ていたのだから。

 「やばッ、どっかに、どっかに隠れるとこないか!」

 「で、でも、そんな都合よく……」

 駿と渚はキョロキョロと頭を忙しなく動かす。

 すると、一つの縦長の箱が目に入る

 — —掃除用具入れだ。

 「お兄ちゃんあそこ! あそこなら隠れられそうだよ⁉︎」

 渚が言うに目を向け「ゲエッ⁉︎」そんな声が素で出る。

 (掃除用具入れ……だと⁉︎ 漫画やラノベ、アニメに出てくるあのヒロインとのイチャコライベント⁉︎ 『ちょっと、あんまり近づかないでよ。てか、どこ触ってるのよ!』『狭いんだから仕方ないだろ!』の予感)

 だが、妹というのが問題である。

 (義妹いもうととでは、なんの間違えも起こらない……はず?)

 駿はハの字に眉を歪めると、引き攣った声で否定的な提案をする。

 「渚、ホントにここしかないのか? もっと他にも……」

 ない。駿もそれはよく分かっている。自分でも辺りを確認したが、ガチでここしかないのだ。

 「ほら、お兄ちゃん。早くしないと。宮原さんたち来ちゃうよ!」 

 掃除用具入れの中身を取り出し始める渚。駿も背に腹は変えられないと、フルスピードで中身を取り出した。

 そして、駿と渚がギリギリ入れる隙間に二人は体を捩じ込んだ。

 次回、義妹とロッカー展開⁉︎

 

 

 

 

 

 


 

 


 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

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