渚、お前のせぇじゃねぇよ

 突然のことにクラス中は騒然としていた。

 駿への罵声がヒソヒソとあちこちから聞こえてきた。塩井先生が静かにさせようと奮闘するも、生徒に舐められまくっていた。

 ……まあ、駿にとっては小鳥のさえずりりくらいどうでもいい。なにせ、何もできずに、ただ、突っ立ってただけなのだから。

 それよりも愛華が気がかりだ。

 愛華は極度の百合っ子で重度の男嫌いだ。そんな愛華にとって、男に触れられるのは死と同等。それ以前に頬を傷つけた時点で男女おとこおんな関係ない。

 しかし、駿にはそれだけが理由ではない気がした。

 少々オーバーな反応だが、傷ついた頬に触れるやいなや、愛華の瞳から光が失われ、うつな瞳へと変化していった。

 まるで— —死神に鎌をかけられているかよように。

 なんにせよ、駿が原因を作ったのは確かだ。こういうときは、正々堂々謝るのが大切だ。男である駿が謝ったところで、耳を貸すとは思えないが……。

 「あーもー、悩んでても時間が過ぎちまうだけだ」

 駿が教室を出て行こうとすると、何者かによって腕を掴まれた。振り向くと、申し訳なさそうに背を丸め、俯いていた。

 「……っ、お兄ちゃん……ご、ごめん、な、さい。わだ、じのぜいで……ひっぐ……みんなにも、宮原さんにも、ぎらわれちゃって……わたし、わたし……」

 渚が嗚咽を漏らしながら洟をすする。責任を感じて謝りに来てくれたらしい。

 「……」

 駿は腰を折り曲げ、頭を撫でてやった。

 「気にするな。渚のせぇじゃねぇよ。元々俺は愛華にも、みんなにも嫌われてる。今更これくらいへでもない。ほら、これで涙を拭きな」

 「……お兄ちゃん……」

 差し出されたハンカチを手に取ると、渚は鼻水と涙を拭った。そして俯いていた顔を上げた。

 「お兄ちゃん。こ、これは……そう、汗だから! 勘違いしないでよね!」

 「はいはい、わかってるよ」

 「ほんとだからね!」

 泣き顔を晒したのが今になって恥ずかしくなったのか、慌てて誤魔化す。なんともベタな言い訳だ。

 だが、もうその顔はぐしゃぐしゃから一転、決意が込めらた晴れやかなものへと変わっていた。

 駿は渚の頭をもう一度撫でてやった。

 「お兄ちゃんに任せときな。愛華と仲直りHAPPY ENDとはいかないが、いつも通りの愛華にして見せるから」

 「うん! でも、私も行く。直接の原因を作ったのは私だし……私も宮原さんにちゃんと謝りたい!」

 渚が駿の目をまっすぐ見つめる。

 いつもは手のかかる妹だが、こういう男前なところは素直にカッケェと思う。

 「そうと決まれば善は急げだ。行くぞ渚!」

 「うん! あっ、待ってよお兄ちゃん⁉︎」

 駿と渚は教室を後にした。そして、『シスコン』『ロリコン』の称号を獲得した。

 

 連絡

 今回の話と一つ前の『疑心暗鬼』という作品は『あの日の記憶は、些細なことで蘇る』と合併させますので、いいねやコメントをして頂く際に、『あの日の記憶は、些細なことで蘇る』にお願いします! お手隙ですがよろしくお願いします

 

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