感動できねぇよ

 「どこにもないでござる」

 「もう誰かに拾われたでヤンスか⁉︎」

 「……そうやも知らぬ」

 通ってきた道をずぶ濡れになりながら、くまなく捜索する奏然と大和。最後の望みに賭け、女子更衣室前の窓……犯行現場まで戻ってきていたのだ。

 つまり、そこまでの経路までブラがなかったということだろう。

 「もう……おしまいでござる……」

 「——諦めるなでヤンス!」

 膝から崩れ落ちる大和。

 潔く諦めようとした奏然の頬を大和はペチン! と叩いた。これで、本日二度目のビンタである。

 「こんなところで諦めてどうするでヤンスか! 確かに我々は今、ドン底に立たされている。しかし、このピンチを乗り越えてこそ、我々に輝かしい未来が待っているでヤンス!」

 大和の励ましの言葉に胸打たれ、目が醒めたように立ち上がった。

 「ああ、そうでござるな」

 「一緒にこのピンチを切り抜けるでヤンスよ、相棒」

 二人は拳を合わせ、誓い合った。これがという名目でなければ感動だというのに。

 

 しばらくして、女子更衣室に明かりが灯った。どうやら雨で体力測定が中止になったようだ。中で女子の金切り声が聞こえてくる。

 すると、こんな会話が聞こえてきた。

 なぜだろう。十分に聞こえるというのに、大和と奏然は二人揃って、どこからか取り出したコップを女子更衣室の壁に当て耳を当てる。

 

 「おー星良じゃん。なんでいんの? 今授業中だぜ?」 

 冗談めかしたように彩芽が片手を振りながら星良に声を掛けてきた。どうやら一旦現場に戻ってきたようだ。

 すると、星良はぷんすか怒りながら近寄ってきた。 

 「! 彩芽さん、どこに行っていたのですか! それとその言葉そっくり返します!」

 「お、おお……いやー、現場検証ていうか……犯人は必ず現場に戻ってくる? みたいな……」

 星良は何言ってんだという顔で眉を寄せ、「まあ、そんなことより——」とバッサリ切り捨てる。そして、不満げに唇を尖らせてくる。

 「ずっと、どこに行っていたんですか? 私もお姉様も探していたんですよ! お姉様が彩芽さんがいないせいでぽけーっとしるし、私とお姉様のラブラブパラダイスを返してください! いいですか。あなたは——」

 口うるさい御母おかんの如く、ガミガミ行ってくる星良に肩を縮こませる彩芽。

 「……すまなかったって。もうそのくらいで勘弁してくれよ」

 彩芽が話を切り上げようと弱音を吐くと、「わかりましたか!」と念を押し着替えをする星良。

 彩芽は背を丸めたまま、ふと疑問な思ったことを訊いてみた。

 「……なあ星良。姉さんもあーしのこと探してくれていたんだよな?」

 体育着をバサっと頭を引き抜き、を軽く整えると「へ?」間の抜けた声を発した。顔が青ざめ、額には汗が滲む。

 「姉さんにも、礼をしたいをだけど……姉さんどこにいるか知ってる? ここにいないみたいだけど……」

 彩芽が頭をかきながら訊くと……

 「——わ、忘れていましたぁぁぁぁぁッ⁉︎」

 言って、血相を変えて更衣室を飛び出してしまった。

 星良の装いは、下着姿のまま。

 彩芽が星良を捕まえようとブラを掴むも、ホックがブチッと切れてしまった。奇跡的にストラップが辛うじて胸を覆っていたが、時間の問題だろう。

 彩芽は星良の体育着を掴むと、星良を追いかけて行った。

 

 …………

 「耳が死んだで、ござる……」

 「……同感でヤンス」

 「清水氏……なんて声を出すでござるか……」

 「……鼓膜が破けそうでヤンし、た」

 「それにしも、何かが引きちぎれる音がしなかったでござるか……?」

 「……耳鳴りでヤンしょ」  

 奏然と大和はひっくりがえっていた。


 

 

 

 


 

 

 

 

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