捜索と探し物に嫉妬
「よし、次はハンドボール投げだ。五○メートル走のペアで仲良くやるように。先生は職員室に用があるから、何かあったら呼んでくれ。それと鳴霧。お前の顔はそんな——リスみたいだったか?」
「……いや、先生の気のせいかと」
「おお……そうか……」
岩田先生が見間違うのも無理はない。駿の頬はパンパンに膨れ上がっていたのだから。ジンジンと痛みと熱が永続する。今すぐにでも氷が欲しいくらいだ。
しかし、保健室に行くわけにはいかない。だって——後で体力測定するのが面倒だし。
痛みを堪え、いざ、ハンドボールへ向かっていると、ペアがいないことに気づいた。
先ほどの一件で行方知らずになっていた。
(まあ、ハンドボールなら、一人でも出来るし……いっか)
最悪ハンドボールはA班とB班に分かれ、一人ずつ投げる。そのため、投げた先には誰かしらいるのである。
でも
(彩芽さんのことは気になる。胸を触られた腹いせに、先生に告げ口されるかもだし……やっぱり、彩芽さんを探しに行くか……)
駿は踵を返した。
◇
「星良さん。彩芽さんを知りませんか? 姿が見当たりませんけど」
「そういえば……彩芽さんがいませんね」
「どこに行かれたのでしょう……」
「お手洗いではないでしょうか? きっとすぐに戻ってきますよ。それよりお姉様、どちらが先に投げますか?」
「そうですね。では、お先にどうぞですわ」
「わかりました」
愛華が順番を譲ると、星良は元気よくボールを持って駆けて行った。
愛華はボール拾いを担当するため、コートの中へと入って行った。その顔はどこかうかない顔つきをしていた。
◇
「あのやろぉー、あーしの胸を好き放題揉みやがって! あーしはそんな軽い女じゃないっつの! ……姉さん以外揉まれた……まじ最悪」
曇りのためか、電球が切れているせいか。薄暗い廊下を喚声を上げながら歩く、彩芽の姿があった。
怒りを露わに更衣室に向かっていると、何が音が聞こえてくる。ゴソゴソとロッカーを漁るような音が。
彩芽が更衣室前に来ると、ドアが開いていた。鍵穴が壊され無理矢理こじ開けた跡が残っている。
彩芽は中にいるであろう犯人に警告の声を上げた。
「誰だ! そこにいるのは!」
ドアを勢いよく押し開けるも、中はもぬけの殻。人が通れるほどの窓の片面のみ全開になっていた。どうやら窓から脱出したらしい。窓の外に顔を突き出し辺りを見回すも、犯人らしき人は見当たらない。
完全に逃げられた。
彩芽はチッ! と舌打ちをすると、荒らされたロッカーに目を向けた。
予想通りといったところか。扉同様こじ開られ、荒らされたロッカーは、彩芽のだった。
制服やらタオル、上履きなどがグチャグチャにされていた。不幸中の幸いか、破られたり落書きはされていなかった。
「……」
それを呆然と眺め、憂鬱な気持ちで直していると、ある物がなくなっていた。
すっぽりと下着——ブラジャーとショーツだけが消えていたのだ。
恥ずかしさと怒りで頭に血が上り、眉間に皺がいくつも刻まれていた。そして、雑にロッカーに物を放り込み、犯人を捕まえに行った。
◇
「ハァ……ハァ……やったでヤンスな。奏然氏」
「あー、全くでござるな大和氏」
「あんなに上手くいくとは。すごいでヤンス」
「ピッキングはお手の物でござる」
「しかし、あそこで高嶋氏が来るとは……想定外でヤンしたな」
「目的が達成出来れば、こちらの物でござるよ」
「制服を引き裂きたかったではヤンス」
犯人は、彩芽に叱られた大和と奏然であった。彩芽への仕返しだろう。二人は旧校舎を目指していた。あそこは人気がなく、立ち入り自体が禁止されているからだ。授業中の教室前、保健室前を忍足で通って行く。
じめじめとする旧校舎の中。
墓地のような独特の風の涼しさにも関わらず、戦利品を取り出す。
「それにしても、大胆でヤンスなこの下着」
「全くでござる」
二人はべたべたと下着を触ったり、被ったりしていると、ブラジャーがないことに気づいた。
「奏然氏⁉︎ ブラが無くなっているでござる!」
「途中で落としたでござるか⁉︎」
「……そうみたいでヤンス」
「もし、この事が明るみに出れば……」
「我々も、この後者のように朽ち果てるでござろうな……」
二人は顔を見合わせ、表情が消え去り、冷や汗だけが顔中に浮かばせていた。そのまま、ブラジャーの回収に来た道を引き返して行った。
◇
奏然と大和が戦利品に手をつけていた頃。
駿は保健室の外廊下前で赤い布のような物を見つけていた。何かと思い拾い上げ、天高く広げてみると——赤色のブラジャー。
しかも、ちょっぴり大人な柄物だ。
駿はブラジャーを開いたまま固まった? ……というか、全身を厚い氷に覆われている様だ。
動けず硬直していると、ドタドタ床を蹴る様に走ってくる音が聞こえてきた。
「やばっ、誰か来る⁉︎」
駿はその音でようやく、氷を融解しまともな動作がきくようになる。
(速くどこかに隠さないと……)
もしも、駿が女性物の下着を持っているところを目撃されれば、悪評は免れない。『変態』『下着ドロ』の称号はもちろんのこと、最悪停学からの親呼び出し案件だ。
駿は慌ててブラジャーをポケットにしまった。意外とブラジャーが大きく、苦戦してしていると、背後から声を掛けられた。
「鳴霧駿。この辺で怪しい奴見なかったか?」
不意に声を掛けられ、強引にブラジャーを捩じ込んだ。
駿はぎこちない笑みを浮かべ彩芽に振り向いた。
もう獣の様な怒気のこもった声に一歩後ずりそうになりながら、何の事が訊いてみた。
「怪しい奴? 見てないけど……何があったのか?」
白々しい声で言うと頭の中でリトル駿が〔お巡りさん、こいつです!〕と指を刺された。
まあ、それは置いといて。
彩芽は下唇をきゅっと窄め、目を伏せもじもじし出す。
「……ぬ、盗まれたんだよ」
彩芽とは思えない小さな声で言ってきた。
「何がだ?」
彩芽の顔を覗き込み、蚊の鳴く様な声で話し出した。
「…………下着」
「……ん?」
よく聞こえなかったのだろう。
駿は耳を澄まして「もう一回頼む」と頼んだ。
彩芽は短パンをワシッと掴み、頬を赤らめ——
「ブラとパンツが無くなったって言ってんだろ‼︎」
鼓膜が破れんばかりに音波が駿の耳を直撃した。
「うわぁぁぁぁぁ⁉︎ ……なんつー、声出しやがる……」
キーンと耳鳴りがする左耳を押さえながら、非難の声を上げ、「あ」と短い声を発した。
(……ブラとパンツって、これじゃね? これって……彩芽のブラ? いやいや待て待て、偶然拾ったブラが彩芽のブラな訳ないだろ? ここは保健室前。貸し出し用の下着という線もあり得る)
駿はそのブラジャーの特徴を聞き出そうとする。
「あのさ、彩芽さんのブラって、もしかしてだけど……赤色だったり……」
彩芽はカァっと顔を赤くした。
(あ、これガチなやつだ)
駿は僅かに残された希望を打ち砕かれた。
彩芽はというと
(なんでこいつが下着の色知ってんだ? ……こいつが犯人か⁉︎)
そこで合点がいき、駿をボコった。
数発殴られ、駿は弁明する。
「あ、彩芽さん、誤解だって! たまたま言った色が当たっただけで、盗ったのは俺じゃないって!)
そう。〝盗ったのは〟ね。ポッケにはあるけどね。
「……ほんとか?」
「ああ」
彩芽は駿の真摯な訴えを信じ……
「なんだちげぇのかよ」
と、吐き捨てるようにどこかへ消え去ってしまった。駿はあまりの痛さにしばらく動く事が出来ず、「ブラ、どうすっか……」と呟いた。
◇
「お姉様。やっぱり彩芽さんが気になりますが?」
「……え、ええ」
愛華は虚を突かれ、声が曇る。
「そうですよね。お姉様ずっと上の空でしたし」
「そんなに顔に出ていましたか?」
「はい、それはもう」
どうやら彩芽を思うばかり、無意識に表情に出ていたらしい。
星良が言うと「恥ずかしいですわ」と、赤くなった頬を両手で隠し出す。星良は尊いものを見る様に両手を合わせてきた。
愛華はわざとらしく咳をしてから続けた。
「いつまでも戻って来られませんんので、つい……」
「気持ちはわかりますが——」
「探しにいきましょうか」
星良の言葉を遮り決まりきったことのように言ってきた。それにお日様ギラギラ日で気温はおよそ三○度。彩芽のことだからないだろうが、どこかで倒れているかもしれない。こまめに水分補給していたから問題ないだろうが……念の為である。
星良はどんよりとした顔で「はい……」と口では承諾してくれた。
内心では、
(もおー! 彩芽さんったらどこにいるのよ! これではお姉様が私に集中してくれないじゃない! 後でお説教です!)
ぷりぷりしていた。
それもそうだろう。せっかく愛華と一緒になれたというのに、他の
「……⁉︎」
星良の中で閃光が走った。
(彩芽さんを早く見つけ出せば……私に嫉妬して、悔し涙を流しながらハンカチを噛むに違いありません)
そして、彩芽を早く見つけ出すため心を燃やす星良。
が、その表情は——
「星良さん?」
「……」
どこか哀しく、悩ましげな表情。
愛華は星良の気持ちがわかる気がした。生まれたばかりの妹、弟に母親を取られた姉、兄のよう。
(『彩芽さんではなく、私を見て』ということですね、星良さん)
改めて考えると、彩芽のことばかり気にしていた気がするし、星良に構ってあげられていなかった気もする。
愛華は熟考の末、そういうことにした。
なぜか愛華が妄想した星良の姿は、ベットに布の面積がやたらと少ない白のブラジャーにショーツそして、ガーターベルトがしてあった。
愛華は願望の星良に手を振り、現実世界にカムバックしてきた。
「ううぅぅぅううう」
「どうかしましたかぁ?」
「いえ、なんでもないのですが……」
「ですが?」
「なんだか大人の自分がお姉様を誑かしている姿が見えました」
「……それはよかったですねー。わたくしもいつかお会いしたいです!」
さっきの妄想で百合モードが表に出て来てしまった愛華。自分の願望が星良に伝わったのかとヒヤッとしたが、そうでないとわかると星良の腕を引っ張り、校舎へと歩き出す。
星良は眉を寄せながら、引っ張られていく。
「⁉︎ お姉様、どちらに行かれるのですか?」
「決まってるじゃないですかぁ! 彩芽さんのところです」
「わかるんですか?」
「わからないから探しに行くんです!」
キッパリと愛華は言い切った。
——そして、満面の笑顔で星良の方を振り向いた。
星良はキョトンと目を丸くする。
「星良さん、後でい〜っぱい可愛がってあげますからねぇー」
「ふえっ⁉︎」
星良は素っ頓狂な声を上げた。自分の中を見透かされ、当惑と驚愕で目を見開いた。
「……わ、私は……早く彩芽さんを……見つけ、たいと——」
「いいえ、違いますね。星良さんはわたくしを独り占めしたいと思っていました」
これまた見透かされていた。だが、愛華は続ける。
「別にダメではないです。むしろ嬉しいんですよ。わたくしも、星良さんの気持ちもわかりますよ。好きな人を独り占めしたい気持ち」
愛華はにこりと微笑み、その微笑みに星良は胸がズキりと痛んだ。
「今は彩芽さんを探さないといけない……それはわかっている。私も彩芽さんのことが心配……でも、自分の気持ちが抑えられない。頭では理解している。それでも、心と体が引き離されなように言うことをが聞かない。それは大きな欠点だ。私は最低な人間だ……)
そう自分を卑下し、悲観的になっていると——愛華は穏やかに笑った。
「わたくしよ欠点だらけですよー? 可愛い女の子を見るとお茶したくなりますし、男性は苦手……いえ、存在自体が消えればいいのにと思っています。ここだけの話、わたくし、幽霊の類が怖くてよく布団にくるまっているくらいですよぉ。それと——」
挙げればきりがないほど出てくる。
星良は手を強く握った。
(お姉様は完璧で、私達とは違う……そう心のどこかで思っていたのかもしれない。神の寵愛を受けた偶像と……。でも、今の言葉を聞いて、お姉様も私達と同じなんだと自覚できた。お姉様のことをわかっているようでわかっていない。なのに、お姉様よく見てくれている。私も——)
「私もお姉様のこともっと知りたいです!」
衝動が抑えきれなかった。
思わず声に出してしまった。
注目が集まる。
「——わたくしもです!」
言って、二人は彩芽の所へ風のように走って行った。
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