体力測定

 激しく揺れる双丘

 分厚い雲が太陽を覆い隠す中、駿たちは校庭で体育の授業が始まっていた。

 「よし。今日は、体力測定を行う」

 「…………」

 生徒達がポカンと口を開けていると、担当教諭:岩田流雅が首を傾げて再度伝えた。

 岩田流雅 

 男子生徒の体育を受け持つ教員。その屈強な見た目から、「人間とゴリラのハーフ」と呼ばれている。

 「聞こえなかったか? 今日は——」

 「聞こえていますわ。猿ではありませんのですから、一度言えばわかりますわ」

 岩田先生の言葉を遮ったのは、愛華だった。

 教員だろうが、男に変わり無い。男は男と言わんばかりに刺々しいしい視線を放っていた。男嫌いなのかな?

 岩田先生は「おお……そうか」と苦笑していた。

 今日はたまたま、女子生徒を担当する教員が不在のため岩田先生が受け持つ形となった。

 男子生徒の士気が高まりのを感じた。

 「良いとこ見せて、彼女ゲットだぜ!」「女子との体育⁉︎ 体育着越しの胸……ごっほー」と下心丸出しだった。約一名鼻血を垂らしている者もいた。

 そんな男子どもを一喝するように声を張り上げ、本日の流れを説明した。

 「……今日は外で……五○メートル走、ハンドボール投げ……幅跳びを、行う……」

 胸を押さえながら苦しそうに説明してくる。見た目はゴリラ、心は人間だった。しかも豆腐メンタル。

 駿たちはなんとも言えない気持ちで準備体操を行い、軽く校庭を一周した。

 (きつぅー)

 普通に疲れた。駿のような陰キャにとって、一週は坂道ダッシュと変わらない。軽くと言ったが、全然軽くない。

 「ピー、集合」

 生徒たちが走っている間、道具の準備をしていた岩田先生がホイッスルで招集をかけた。

 駿も息を整えてから集合した。

 「よし。まずはペアを組んでもらおう」

 (NO〰〰〰〰〰〰〰〰⁉︎)

 リトル駿はムンクの叫びのような絶叫を上げた。反響する『ペアを組んでもらおう』という言葉と叫び声。

 説明しよう。

 リトル駿とは、駿の心や脳内に潜む駿の本心や悪戯心のことである。

 そして、岩田先生は続けた。

 「各自好きな相手と競いあってもらう。練習は二本に本番一発勝負だ。負けた者は外出してもらうぞ?」

 生徒達が不満の声を上げる中、駿は説明が耳から耳へと抜けていった。駿にとって友達とは、「友達? なにそれ、美味しいの?」状態なのである。

 皆着々とペアを組み始める。すると、キャンかャンワンワン喚く声が聞こえてきた。

 「お姉様とペアを組むのは私です!」

 「いいや、星良じゃ姉さんの足を引っ張るだけだ。ここはあーしに譲るべきだ」

 星良と彩芽の声だ。どうやら愛華とペアを組むのはどちらが相応しいか啀み合ってる。

 (良い御身分ですね! こちとらぼっちだコンチクショー!)

 駿が愛華を僻むような視線を向けた。

 が、星良と彩芽の口論は続く。愛華は遠い目になっていた。

 「じゃー、星良。あんたが一緒に走ったら、姉さんにやるなんのメリットがあるんだよ?」

 「私がお姉様と走ることで、お姉様がより輝くことができます。私は足が遅い分、お姉様を引き立てることができます。」

 「ぐっ……」

 「では、彩芽さん。あなたがお姉様と走ることでなんのメリットがありますの?」

 「それは……」

 まさかのカウンター。彩芽も返されるとは思わなかったのだろう。何も思いつかない彩芽を悟ってか、星良が彩芽の首を蛇のように締め付けていく。

 「あら?何も思いつかないんですか〜」

 勝ち誇った間延びした声で、彩芽をからかってくる。

 彩芽は一筋の汗垂らして熟考した。

 ——そこで一つの名案が浮かんだ。

 「フ、フ、フ、星良。あーしが姉さんと走るメリット、思いついちゃったよ」

 「な……っ⁉︎ なんですって⁉︎」

 彩芽が不適に笑うと、星良は戦慄した。

 先ほどまでの勝ち誇った顔が嘘のようだ。

 今度は彩芽が勝ち誇った顔で、星良を追い詰めていく。

 「それは……」

 「それは……」

 星良はごくりと唾を飲み込んだ。

 そして——

 「あーしが姉さんと走ることで、姉さんがいつもより速く走れる」

 「…………は?」

 星良は意味不明という表情に、すかさず彩芽の解説が入る。黒縁メガネとホワイトボード、そしてポインターを何処からか取り出して。

 「いいか? あーしが姉さんより速く走ることで、姉さんがあーしの背中に姉さんが張り付いてくる。つまり、五○メートル走のタイムが上がるということ」

 「……なるほど」

 星良が圧されるように一歩後ずさる。すると——

 「ですが、それではお姉様が彩芽さんに負ける姿を、クラスの皆に見せつけることになりますよね?」

 「ぬ……っ。そ、それは……」

 星良の意表をついた指摘に、彩芽は膝から崩れ落ちた。

 「もはや、これまで……」

 なんだか時代劇の様になっていたが、話がまとまったらしい。

 温かい目で見守っていた愛華が声を出した。

 「話はつきまして?」

 「はい、お姉様!」

 「ふぁ〜い」

 星良が元気よく、彩芽が抜け落ちた声で返事をした。

 「では、星良さん行きましょうか?」

 「はい!」

 愛華は星良を連れて踵を返した。敗者には素晴らしいエンディングというように、あっさりと。

 (気まずぅーーーーーー!)

 一部始終を見ていた駿は、彩芽になんて声を掛けていいのかわからなかった。別に声掛けなくとも良いんじゃないん〜? と思ったそこのあなた! ペアを組んでいないのは、駿と彩芽だけなのだ。

 駿はため息を吐いてから彩芽に声を掛けた。その顔はやつれていた。

 「あの〜彩芽さん。良ければ俺と……組まないか?」

 駿がおとおどした態度で、地面に這いつくばる彩芽に手を伸ばした。

 「あぁん?」

 「……」

 予想通りの返事である。後退りそうになるのを我慢し、下唇を噛み締めた。

 「……嫌なのはわかるが——」

 「おーい、お前ら。ペア組んだならとっとと練習せんか! 皆練習してんだから速くな 並べ!」

 岩田先生の野太い声が駿の声を遮る。

 そして何より勝手にペア判定がされていたことに、羨望の眼差しを岩田先生に向けた。

 (俺では彩芽さんをどうすることもできませんでした! ありがとうございます!)

 心の中でお礼を済まし、皆と一緒に練習を始める。

 

 練習が終わり、いよいよ本番が始まる。くじ引きで走順が決まる。

 一走目:愛華&星良

 二走目以降:奏然&大和。及び愉快な仲間達

 一五走目:駿&彩芽

 となった。

 順番が決まると一走目以外はベンチへと去って行った。

 「星良さん、お互いベストを尽くしましょう」

 靴紐を硬く結び直す星良に敬いの声がかけられた。

 「はい。ですが、私ではお姉様に到底及びません」

 しんみりとした口調で、何かを隠すように星良が言ってきた。それを愛華はどう受け取ったのか、腕を組み考えを巡らせた。

 星良の周りを数は歩いたのち、踵を返した。そして、星良の前にしゃがみ込んできた。

 突然のことに星良は尻餅をついてしまいかけたが、愛華はそれを食い止めた。そして、星良の手をギュッと握り締めた。

 「では、こういうのはどうですか?」

 慰めるように愛華が提案をしてきた。その表情は何かを悟ったかのように優しかった。

 星良は眉をひそめ、怪訝そうに首を傾げた。

 「えっと……どのよいなものですか?」

 戸惑いながらも、愛華の提案が気になったらしい。

 愛華は優しく微笑むと唇の端を上げながら、甘い声で囁いた。

 「星良さんがわたくしに勝ったら、な〜んでも言うこと聞いちゃいますぅ」

 「え? それって……」

 訊き返そうとするも、愛華はスタート地点へと足を運んで行ってしまった。


 駿たちは、ベンチで走順が回って来るのを待っていた。ちなみに駿の隣には彩芽が座っていた。岩田先生曰く、ペアで座れとのこと。

 そして、全員が愛華と星良に注目する。

 愛華と星良はクラウチングスタートの体勢で、スタートの合図を伺っていた。

 「いちについてー」

 審判の掛け声が響く。

 愛華と星良が脚に力を入れ、遠くを見据える。

 「よーい」

 二人は手足を伸ばし、腰を持ち上げる。

 愛華の艶めかしい白い手脚、星良のむっちりとした手脚。そして、二人の美しい曲線を描いた腰から背中。

 極め付けは、腰を持ち上げたことで外に突き出されたお尻。

 愛華のプリっとしお尻に、星良の丸みを帯びたお尻。

 全員の目を釘付けにさせる。

 「——ドン!」

 審判の合図と共に一斉に地面を蹴り、愛華と星良は走り出した。

 やはり、愛華が圧倒的なスピードで星良に差をつけていく。

 ポニーテールには纏められた愛華の白い髪が風でサラサラと靡いていく。走るたびに、愛華の豊満な胸が、ぷるんぷるん上下に揺れていた。なんとも目のやり場に困る。

 次いて、負けじと愛華を追って行く星良。

 アップに纏められた髪は軽快に弾み、愛華よりも豊満な胸が、ボヨンボヨン揺れていた。今にも溢れてしまいそうだ。でもなぜだろう。負けているというのに、星良の顔は生き生きしていた。

 (お姉様に勝つことができれば……お姉様と保健室の続きを⁉︎)

 星良のペースが上がった。

 愛華がちらっと振り向く。

 (練習とは見違えるようですわ。わたくしも負けていられませんわ)

 愛華のペースが上がった。

 (流石はお姉様。完璧なフォームですわ。惚れ惚れます)

 星良のペースが急速に上がり、横並びになる。

 (ふ、やりますわね)

 星良を一瞥し、気分が高揚する様に笑みが溢れる。

 すると

 (あ、あれ?急に力が抜けて、寒気が……)

 愛華のペースがみるみるうちに落ちて行く。まるで、何かに射すくめられたかのように。

 (お姉様のペースが落ちている? どうかしたのでしょうか? なんにしてもチャンスです!)

 星良は機を逃しまいと、愛華の前に踊り出る。

 (体に力が入らない……どうして⁉︎)

 未だに原因がわからず焦る愛華。

 (お姉様との夜のイチャイチャ、楽しみです!)

 勝ちを確信し、星良は渾身の力を入れ愛華を引き離そうとした時、彩芽の声が鼓膜を震わせた。何かは聞きとれない。

 が、愛華は金縛りから解き放たれたかのを感じた。

 (あれ? 力が戻って……)

 彩芽の声が届いた瞬間。力が湧き上がってきた。理由はわからない。

 でも、

 (これなら、星良さんに)

 愛華は力を振り絞り——星良を抜き去った。

 タイムは、

 愛華は、七秒八三

 星良は、七秒九八

 すんでのところで、星良を追い抜いた。

 わずかの差異で、愛華は星良に勝利した。


 少し前。愛華と星良が競っていると、二人をゲスイ目視線で見る輩がいた。

 天野奏然、田村大和

 クラスの情報屋。主に女子生徒のデータ収集に励んでいる。

 奏然は、パーマかけていればモテると偏った知識でパーマ頭に。

 大和はというと、眼鏡掛けとけば頭良く見えるという理由で眼鏡をかけている。

 二人とも頭がおかしかった。

 そんな二人が駿の後ろのベンチでひそひそと話していた。

 「至福でござるな大和氏」

 「そうでヤンスな奏然氏」

 「なんと大きな……」

 「ワイの推測によれば、宮原氏かEカップ、清水氏がFカップところでヤンスな」

 「なんと⁉︎」

 「体育着越しならこんなもんでヤンス」

 「スク水越しならどうでござるか?」

 「それなら……うっ……!」

 「どうしたでござるか大和氏……」

 大和もようやく自分の置かれている状況を把握したらしい。

 なにせ——目の前に彩芽が拳をポキポキと鳴らして、侮蔑の視線で二人を睨みつけた。

 「てめぇら、何ジロジロと姉さんと星良をみていやがる!」

 そして、大和を思いっきりぶん殴った。地面に軌跡を残しながら、吹っ飛ばされ、眼鏡はバキバキに割れていた。次いて奏然は、胸ぐらを掴まれ、フェンスに背中を押し当てられていた。

 そうして、ガンを飛ばす様に二人を睨みつけた。

 「姉さんと星良に変な目を向けてみろ。こんなもんじゃ済まないと思え」

 ドスの利かせたその声に、二人は「「すみませんでしたぁぁぁ!」」と言い残し、一目散に去っていった。

 彩芽がクラスの面々に向き直ると、全員が愛華と星良から視線を遠ざけていた。

 

       ◇

 

 「お疲れ様です星良さん」

 手を膝について肩で呼吸をする星良に、愛華は水の入ったペットボトルを差し出した。

 それに気づいた星良が、「ふー、はー」と深呼吸をしてからペットボトルを受け取った。

 「……ハァ……ハァ、ありがとう、ございます」

 それほど呼吸は荒くなく、言葉を短く区切り呼吸を整えていた。

 愛華は星良の横に腰掛けた。それに倣うように、星良も腰を下ろした。

 「びっくりしましたわ。星良さんがあそこまでやるなんて」

 愛華が称賛を贈ると、星良は先程の五○メートル走を思い返した。

 「そんな。あれは、お姉様が元気づけてくれたからで……」

 「あら、そんなことしたかしら?」

 何も思い当たらないという感じに、愛華は水を一杯飲み下した。 

 (お姉様にとって、あれは何かしたとはならないのだ)

 涙を押し殺すように、水をごくりと飲んだ。と喉が相当渇いていたらしい。三分の一ほど飲み込んでしまった。

 そして、愛華の瞳をじっと見つめ、ちょっとした昔話を打ち明けた。

 「私中学の時から、足が遅くて、体力測定とか大嫌いでした。記録を皆んなに知られるのがすごく怖くて……記録の書かれた紙取られたり、『お前、雑っ魚』『うわっ、本当じゃん。カタツムリだ』『『『『『カッタツムリ、カッタツムリ』』』』』と、蔑まれるのが……。

 でも、お姉様はそんな私を見捨てず、最高の走りが出来る様にしてくれました。ありがとうございます」

 「……いいえ、わたくしは、少し手を貸したに過ぎませんわ。本当に頑張ったのは、星良さん自身でしてよ」

 「お姉様……」

 うっすらと涙を浮かべる星良を、よしよしと頭を撫でであげた。

  

       ◇


 


 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 



 

 

 

 


 

 


 

 

 

 

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