第3話 一方その頃 / 受付嬢セリカの世間話
少しだけ、本当に少しだけだが一つの話題が冒険者ギルド内にて話題になっていた。
それは、一人の冒険者の失敗のお話。
A級冒険者テレジアのお話。
彼女はある日、冒険者としてダンジョンの破壊を行う為、いつも通りソロでとあるダンジョンに向かった。
まだ名前も付いていないダンジョン、ただ『エリア21』とだけ呼ばれているダンジョン。
増えすぎたダンジョンの数を減らす為に彼女はそのダンジョンの攻略に向かい――そして失敗した。
何故か何の損害も被害も出さずに。
「一体どういう事かしらね」
冒険者ギルド受付嬢、セリカ。
業務が終わった彼女達は着替え室で駄弁っていたのだが、その話題が正しくその事だった。
「例のダンジョンの事ですよね」
「ええ、そう。例の『何もないダンジョン』の事」
後輩の受付嬢の言葉にセリカは頷く。
「ただ単に神殿に戻されるだけで、それ以外は何もされなかったとか、どういう事かしら」
「うーん……出来たばかりだったから、とかでしょうか?」
「それはない――とは言い切れないけれどもね。如何せん前例がないから何とも言えないわ」
そもそも出来たばかりのダンジョンにA級冒険者が挑戦し、そして敗れるという話自体が前代未聞なのだ。
そして冒険者が敗れた場合、基本的にそれは尊厳の破壊を意味する。
処女を散らし、脳を破壊され、意思はぐずぐずに蕩かされる。
廃人になって普通の人生が送れなくなってしまうのはザラであり、だからこそ冒険者は十全な準備をしてダンジョンに臨むのだ。
わざわざ、冒険者になる前に性経験をしておく者だっている。
しかし今回のダンジョンはどうやら普通じゃないらしい。
ただ死ぬだけで死ぬ以外にはなにもなかった。
その話を聞いた者は一様にして首を傾げた。
これは一体、どういう事だと。
失敗したのに五体満足で帰還出来たという前例は今まで全くない。
……それは、今やダンジョンに命を賭ける者がほとんどいなくなったからこそ、ダンジョンに失敗した場合の話がもう過去の話としてしか語られなくなってしまったからでもある。
失敗しないから、ダンジョンで敗北した場合どうなるかがほとんど分かっていない。
ただ、ダンジョンで敗れた者は性的な目に遭わされ精神を壊される。
それはただ運が悪かっただけで、今回のテレジアの場合はただ単に運が良かっただけ、なのかもしれない。
事実を確かめる術がないのが歯がゆいところではある。
「テレジアさんはどうもまた挑戦したいと思っているみたいだけど、当たり前だけど止められているわ」
「別に失敗しても死ぬだけなのだから、許可しても良いと思いますけど」
「今回は大丈夫だったけど次回はどうなるか分からないでしょ? それに、もしかしたら『エリア21』が普通じゃない場合、もっと悲惨な目に遭うかもしれない」
「それは、あー……」
「何にせよ、これはギルドの上層部が決めた事だし、あのダンジョンはしばらく封鎖されるかもしれないわね」
……そんな風に彼女は適当に言い、それを聞いた後輩もまた適当に頷いて見せた。
の、だったが。
「この度、『エリア21』の攻略にB級パーティー『銀色の羽根』が向かう事になった」
ギルド長の言葉を聞いたセリカはどう反応したら良いか分からず、「はぁ……?」と答える他なかった。
「えっ、と。以前確か失敗したテレジアさんはA級クラスの冒険者だったと思うのですが、B級ランクのパーティーを攻略に向かわせるのですか?」
「今回彼女が失敗したのは、彼女をフォローする者がいなかったからだと我々は結論付けた。それに、『銀色の羽根』は今でこそB級パーティーだがすぐにA級になるとされている新進気鋭のパーティーだ」
「それはテレジアさんも同じように言われていたような気がしますけど……」
とはいえ、上司の言葉には逆らえない彼女は確固なる反論をする事はなかった。
一人の冒険者ギルドの職員として、彼女は「それでは、すぐに彼女達が『エリア21』に向かえるように手配しますね」と言う。
冒険者ギルドの受付嬢、セリカ。
あくまで安全圏から冒険者を送り出すだけの仕事であり、そして冒険者が廃人になってその処理を行った事は何度かある。
だから出来るだけ仕事で冒険者に深く関わろうとはしなかった。
そして何より、今回の『エリア21』はもしかしたら『失敗しても何も起こらないダンジョン』なのかもしれない。
それなら、今まで以上に心配する事はないか。
そう判断し、彼女はギルド長のいる書斎から出て仕事場へと向かう。
……冒険者達が集う広間には、既に『銀色の羽根』のメンバーが集まっていた。
盾師、剣士、そして魔術師の三人で構成されたパーティーだ。
「あ、セリカさん。こんにちは」
盾師でありリーダーであるユーリが朗らかに挨拶をして来る。
社交的な彼女は話しやすく、だから彼女との仕事はかなりやりやすくて助かる。
「聞いていると思うけど、今日私達は『エリア21』の攻略に向かう」
「はい、聞いています」
「早く帰って来るから、報酬の準備はしておきなさいよね」
そう少しきつめの口調で言うのは魔術師のエマ。
ツインテールで魔女帽を被っている彼女は、実はちょっとした貴族の出、らしい。
なんて言うかコテコテの魔術師らしい格好をしているのは、彼女が若干社会からズレているから。
性格はまさにツンデレ、しかし優しく他人に甘い事を親しい人は知っている。
「……」
そして剣士、アルナは無言だった。
彼女はいつも無言で無表情、しかしこの中では一番才能と言う意味では優れている。
彼女を引き抜こうとして、そしてユーリに阻止されている状況をセリカは何度も見ていた。
まあ、ぼーっとしているようでいて結構頑固な性格をしているらしいので、ユーリがいなくても引き抜きは失敗しているだろうが。
「一応こちらも業務なので、耳にタコが出来る程聞いている事だと思いますが。ダンジョンの攻略に失敗した場合、女神の神殿で復活する事になりますが、その時の費用は一切出ません。また、どのような結末が待っていようとも、我ら冒険者ギルドは一切関知しません」
「うん、だから精一杯慎重に行動する事にするよ」
頷いて見せるユーリ。
そして盾を持ち直して踵を返す彼女達に、いつも通りセリカは言う。
「それでは、いってらっしゃいませ」
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