第4話 冒険者パーティー『銀色の羽根』の場合

 ダンジョン『エリア21』はエルドラド王国の北にある平原のど真ん中にある。

 だだっ広い緑色の絨毯の上にいきなり現れた洞窟の入り口。

 不自然極まりないその場所にはまだ何もない。

 ダンジョンの周囲には冒険者が集まり、そしてその冒険者から貴重なアイテムを買い取る為に商人が集まる。

 そしてそんな彼等の為に商店、宿が建ち、その結果村が出来上がるのだ。

 ……エリア21はダンジョンの中枢であるボスを討伐する事によってそれで消滅する予定なのでそもそもそういった存在が出来上がる筈はなく、人も集まってはいないが。


 なので移動は当然し辛く、徒歩でその場所へと向かう事となった冒険者パーティー『銀色の羽根』。

 彼女達は一度ダンジョンの外で野宿し一夜を過ごしたあと、ダンジョンを攻略する事となった。

 朝日で目を醒ました彼女達は各々武器を持ち、そしてダンジョン内へと侵入するのだった。


「分かっているとは思うけど、気を付けて行こうね」


 ユーリは気楽そうに言うが、しかし表情は真剣そのもの。

 普段は朗らかで笑顔が似合う少女である彼女は、しかし人一倍警戒心が強い。

 そして勘と理性を同時に働かせた彼女の指示をパーティーメンバーの二人は強く信じているし、そしてそれが実を結ぶ事はとても多い。

 なのでユーリが先頭に立ち、そして盾を構えてゆっくりと前へと進む。

 その後ろを歩くのがアルナとエマ。

 エマの魔術によってユーリは盾を通して前を見る事が出来るし、アルナはユーリの指示によってすぐに前方に飛び出せるようになっている。


「……何もないね」


 真っ暗で、床もしっかりとしている。

 しかし今のところ何もない。

 これは一体どういう事だろうと思ったユーリは警戒を強くする。

 ……テレジアからの話を思い出す。

 いきなり彼女は顔を覆われて呼吸が出来なくなった。

 それは一体どういう事だろう?

 しかし彼女の話によるとこのダンジョンは一面水が張られていたらしいが今はそうでない以上、今回もその襲撃があるかは分からない――


「んが――っ!」


 と、そんな彼女は常に警戒をしていたが、しかしそれでもテレジアと同じくその襲撃を防ぐ事は出来なかった。

 ……スライムの落下、そしてそのまま鼻と口を蓋される。

 当然そのままならばテレジアと同じように彼女は死んでいただろうが、しかし今回は事情が違う。

 何故なら、彼女には頼もしい仲間がいるのだから。


「だ、大丈夫ユーリ――っ!」


 しかしエマはユーリより精神的に強くはなかった。

 唐突にリーダーであるユーリが襲撃され顔をしきりに掻くような仕草を見せたのを見、エマは慌てて彼女へと近づこうとする。

 本来ならば、ここはユーリへのダメージを覚悟で魔術でスライムを焼くべきだっただろう。

 スライムは物理攻撃に強い。

 無論、今回のスライムは最弱の透明スライムだったので物理攻撃でもすぐに倒せるだろうが、しかし近づいてミイラ取りがミイラになってしまう可能性もある以上、遠距離から攻撃して倒すのが正解だ。

 しかし慌てたエマはそのスライムが見えていない。

 薄暗さもあってそれが見えていなかったエマは正体不明の攻撃を受けたと思い、ユーリへと近づく。

 

 ――それが崩壊の始まりだった。


「……!」


 いきなり二人の姿がアルナの前から消える。

 慌てて気道を確保しようとして足元がおぼつかなくなっていた彼女は前方へとフラフラと歩いていた。

 その結果、彼女は足元にあった落とし穴の起動ボタンを踏んでしまい、その結果床が消える。

 彼女と、そして彼女に近づいていたエマは一緒に穴へと落ちて行った。


 と、そしてその穴の底で待っていたのは、またもやスライムだった。

 しかし今回は明らかに数が違う。

 どっぷりと、太ももが完全に浸かってしまうほど大量のスライムがびっしりと。

 最弱であってもそれだけ徒党を組まれれば厄介。

 更に言うと二人は平常ではなく、というかユーリに至ってはまともに受け身を取れなかったので、スライムというクッションがあっても落下のダメージを食らって大ダメージを食らっていた。

 肋骨が折れ、肺に突き刺さったかもしれない。

 ……彼女の姿が光と消えて見えなくなったのをエマが見たかどうかは分からない。

 その頃には既に彼女はスライムに呑まれ、そしてその体内で溺れていた。


「も、ご……が、ぁ……」


 ジタバタと暴れるが、ジェル状のボディを掴む事は出来ない。

 そのまま彼女の動きはだんだんとゆっくりとなっていき、そしてぴくぴくと手足をしばらく痙攣させる。

 透明なスライムが若干色に染まり、そして彼女の姿も光になって消えた。


「……」


 そして無論、二人が窒息して死のうとしていた時、上にいたアルナはボケっとしていた訳ではなかった。

 その時、彼女は戦っていた。

 漆黒よりも黒い骨で出来た死人。

 

 ――黒い骸骨と呼ばれたモンスター。


 それがどれほど強いかと言うと、アルナは知らない話だが『500』ポイントを消費して作ったスケルトンがかなり強化された個体だった。

 ダンジョンマスターの想定では、あくまで落ちた冒険者の仲間が死ぬまで足止めする役割としてそれは召喚された。

 しかし、黒い骸骨は彼が想定するよりも強靭だった。


「い、ぐ……!」


 床から唐突に生えてくる黒い刃の如き骨。

 まずそれによって不意打ちを食らった。

 落とし穴に落ちた二人に意識を持っていかれていたところを見計らったようなタイミングだった。

 それで機動力を失った彼女では、当然その黒い骸骨に敵う訳はなかった。

 血色の剣が振り下ろされる。

 何度も、何度も。

 強靭さだけが取り柄で切れ味はそこそこなその剣はどちらかと言うと鈍器で、だからこそ肉を切り落とすのには不向きだった。

 それでも何度も振り下ろせばアルナの身体にはいくつも切り傷が出来ていき、そしてそれは深いものへとなっていく。


 ――アルナ、ユーリ、そしてエマ。


 彼女らはほぼ一瞬と言っても過言ではないほどに呆気なく処理された、されてしまった。

 

 冒険者パーティー『銀色の羽根』はたったの数分で壊滅し、全滅した。

 遺されたのは何もない。

 ただ、ダンジョンポイントをダンジョンマスターたる彼に残しただけ。

 そしてそれを見ていたダンジョンマスターはというと。


(え、あの黒い骸骨ってあんなに強いの?)


 思った以上に強かった、思い切ってポイントを振りまくって強化したスケルトンの頑張りに若干ドン引きしているのだった。

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