第7話

ユリがいなくなってから半年が経とうとしていた。

僕は深夜のバイトを続けながら、昼は都内にある美容院で見習いとして働いていた。

自分が憧れていた職場に身を置くことは新鮮で嬉しい気持ちが大きかったが、夜遅くまで残業したり休日でも練習のために出勤するのは、ずっと自堕落な生活を送ってきた僕にとっては体力的にも精神的にもかなり厳しいのもまた事実だった。

夜勤を終えて家に着くと、時計の針は朝の四時を指していた。

リビングのソファに腰を掛け、手に持っていた缶ビールを一気に飲み干した。


「相変わらず阿呆みたいな面をしておるの」


そう聞こえた気がして、慌てて後ろを振り向いた。


「ユリさん?」


そこにいたのは、まぎれもなく彼女だった。


「久しぶりじゃのう。暇だから遊びに来てやったぞ」

「なんでユリさんがいるんですか?」

「だから、暇だから遊びに来たと言ったじゃろうが」

「いやいや、そうじゃなくて。成仏したんじゃないんですか?」

「成仏?誰もそんなこと言っておらんじゃろ。儂を勝手にあの世に送るでない」

「だけど、それならどうして今まで一度も姿を見せてくれなかったんですか?今まで何処にいたんですか?」

「ずっと凪の家におったわ。あやつは面白い女じゃ」


ユリがいなくなってから凪とは何度か電話で話したが、彼女はそんなこと一言も言わなかった。


「凪の奴が、しばらくは貴様を一人にした方が良いと言ったんじゃ。自分の事を考える時間が貴様には必要じゃと。だから黙っておったんじゃ」

「・・・マジすか」

「マジじゃ。どうじゃ、美容師とやらにはなれそうか?」

「どうでしょう。でもまぁ、僕にしては頑張っている方かとは」

「そうか。そう思えるならまだ大丈夫じゃな」


相変わらず、彼女は彼女だった。

上から目線で、自分勝手で、へんてこな喋り方で、それでも彼女と話をしていると妙に落ち着く感じがする。

それに半年前よりも笑顔が増えたような気がする。

とは言っても、久しぶりに僕の前に現れた彼女にはやはり目も鼻も口も無いので、それはあくまで僕の想像でしかないのだけれど。


「これからどうするんですか?」

「今まで通りじゃ。旅に出たり、凪の家に行ったり。時々ならこうして貴様の家に来てやってもいいぞ」

「他にやりたい事とか無いんですか?」

「やりたいこと?特に無いのう。儂にも夢が出来てしまったからのう、それが叶うまで待つくらいじゃな」

「夢?どんな夢ですか?」

「何をとぼけておる。貴様の記憶力は鶏以下か?『貴様が立派な美容師になるのを見届ける』と約束したのに、貴様が忘れてどうするんじゃ。凪も楽しみにしておるのだぞ」


僕の夢は、いつの間にか僕だけの夢じゃなくなっていた。


「仕方のない奴じゃのう。やはり儂がそばにいて活を入れてやらんとな」

「そんなこと言って、本当は僕に会えないのが寂しかったんじゃないですか?」

「たわけ、貴様と会えなくて寂しいなんて思ったことは今の今まで一度もありはせん。儂がここに来るのは貴様のためじゃ。貴様のことを思って、わざわざこんな所まで来てやっておるんじゃ」

「はいはい、分かりました。仕方ないですね。そこまで言うのなら、たまには僕に会いに来てもいいですよ」

「ふん、相変わらず可愛げのない奴じゃ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宵に酔って妖 鉄生 裕 @yu_tetuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ