第4話

彼女がこの家に住みついてから三ヶ月が経とうとしていた。


「今までもこうしていろんな人の家を転々としていたんですか?」

「普通の人間なら儂の顔を見た途端に恐れおののくからのう。貴様のようにこうして儂に家を提供してきた奴は初めてじゃ」

「提供したつもりはないんですけど。それなら今まではどうしてきたんですか?」

「前にも言ったように、様々な場所に赴いたな。電車や飛行機の中で寝たこともあったし、ホテルの空き部屋を使ったり数日間だけなら他人の家に住みついたことも何度かあった。当然その間は人間に見られないように姿を消していたがな」

「元々は人間だったんですか?」

「分からん、この姿になる前の記憶が一切ないからな。それにしてもこの日本酒は美味じゃな」

「僕の幼馴染が仕事で京都に行ったらしくて、そのお土産です。僕の分もちゃんと残しておいてくださいね」

「分かっておる、心配するな」


彼女の酒癖が原因で我が家は明らかな財政難に陥っていたが、その点を除けば彼女がこの家に住みついている事に関しては何の不満も無かった。

むしろ話し相手が出来て少し楽しいくらいであった。

それでも、このままじゃいけない事は分かっていた。

彼女にとっても、僕自身にとっても。


「散歩しませんか?」

「嫌じゃ、面倒くさい」

「帰りにビール買ってあげますから」

「早く行くぞ」


昔から夜は好きだった。

何の目的も無く、何かを考えるでもなくダラダラとただ歩き続けることが好きだった。


「夜っていいですよね。人いないし、暗くて落ち着くし、涼しいし」


時々彼女が幽霊だということを忘れてしまうくらい、彼女と一緒にこうして夜道を歩くのも随分と当たり前のことのようになってしまった。


「急にどうしたんじゃ」

「東京は人が多すぎるんですよ。昼は嫌味かって思うくらい明るすぎるし。田舎の夜は暗すぎてちょっと怖かったですけど、東京は夜くらいがちょうどいいです」

「なんじゃ、そんな事ならずっと前から知っておる。夜も暗闇も独りぼっちも、貴様の何倍も得意じゃからな」

「僕、独りぼっちって言いましたっけ?」

「だって貴様、友達おらんじゃろ」


そう言われて友人の顔を思い出そうとしたが、はっきりと顔を思い出せる友人は幼馴染の凪くらいだった。


「べつに無理をしてまで友人を作ったり群れる必要なんて無いじゃろ。自分に嘘をついて作った友人なんてものは、友人のうちには入らんからな。作ろうと思ってできるんじゃなく、気付いたらできているのが本当の友人じゃろ」


彼女のその言葉がたとえ強がりや皮肉から出たものだったとしても、彼女はそうやって何年もの間ずっと一人で生きてきたのだ。


「たまには良いこと言いますね。さすが、見た目は子供で中身はババアだけのことはある」

「ババアとはなんじゃ、お姉様と言え。呪うぞ」

「まぁ確かに、お姉様の言う通りですね。でも今は違いますよ。人の家で勝手にくつろいだり、人の家の冷蔵庫を勝手に空っぽにする手のかかる友達ができましたから」

「・・・つくづく可愛げのない奴じゃ」


そう言って彼女はクスクスと笑った。

笑っていると信じたかった。


「明日も家来ます?」

「行ってやってもいいぞ」

「実は会わせたい人がいるんですけど」

「まさか貴様に儂以外の知人がいるとはのう。そやつは貴様の友人か?」

「友人というか・・・、まぁそんなとこですかね」

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