第33話:希望

神歴808年・公国歴72年12月27日ベーメン公国リューネブルク侯爵領に接する魔境の奥深くにあるダンジョン前の恒久陣地:アンネリーゼ視点


「次の魔導書をお願い」


「はっ、レバル3水属性魔術、ウォーターアローの魔導書でございます」


「我が魔力を集め水の矢へと変換する、ウォーター・アロー」


「すごい、すごい、すごい、アンネリーゼは凄い!」


 侯爵が私より大きな体を屈めて胸に顔をうずめてきます。

 最初は戸惑いの方が大きかったですが、今では愛おしさの方が大きいです。

 子供が成人した後の母親はこんな気持ちなのでしょうか?


「これも覚えられましたね」


 公都から新しい魔導書を持って来てくれた、ユルゲン魔術顧問があきれたような調子でつぶやきますが、私の責任ではありません。


 これまで魔法を研究する者たちの間で主流だった、最初に与えられた属性、神与の属性以外は覚えられない、それを完全に否定する結果になったのは偶然です。


 まあ、私が少ない可能性を信じて試した結果ですが、少数とはいえ全くなかった考え方ではないのですから、私のせいではありません。

 ユルゲン魔術顧問は主流派の考え方だったのでしょか?


「僕のアンネリーゼは天才だから当然さ!」


 ユルゲン魔術顧問と話している間に、私の太ももに頭を乗せて甘えだした侯爵が言いました。


 偶にしかダンジョン前陣地に来ないユルゲン魔術顧問は、目のやり場に困っているようですが、私も近衛の家臣たちも慣れました。


 この九十日、侯爵が私の側を離れるのはトイレと入浴の時だけです。

 これが良い事なのか悪い事なのか、私には微妙ですが、家臣たちには悪い事です。


 ここまで治ったのなら、頭の中は子供のままでも良いから、身体は大人の反応をしてくれてと心から願っているようです。


「私を信じてくださってありがとうございます。

 閣下、以前話しておりました、重複してしまった魔導書なのですが、皇都にまで運んで売りたいのですが、宜しいですか?」


「アンネリーゼがいらない物は何でも売って良いよ」


 侯爵がそう言いながら私の太ももを撫でます。

 これが男としてやっているなら家臣たちの望みが叶うのですが、五歳児が母親に甘える感覚でやっているのです。


「閣下の許可がでました、ユルゲン魔術顧問には忙しい思いをさせますが、皇都にまで行けば高値で売却できるでしょう。

 上手く行けば、レベル5以上の状態異常快復魔導書が手に入るかもしれません」


「そうですね、あれから九冊の魔導書が手に入り、その内五冊が既に侯爵家がもっている魔導書でしたから、売るというのもおかしな話ではありません」


 ユルゲン魔術顧問が私の考えに同意してくれます。


「頑張ってくれている家臣たちにも、少しは褒美を与えてあげたいです」


 侯爵が私のおしえた通りの言葉を口にします。

 その言葉の老侍従たちがうれしそうにうなずいています。


 誰とも目を合わせられず、話す事もできなかった頃に比べたら、格段に良くなっていますから、うれしいのは分かりますが、ここで満足しないでください。

 分かっているのですか、このままでは私の傀儡ですよ!


「予定では明日の朝には次の魔導書が届きます。

 その内容を確認してから皇都に向かってもらいます」


 昨日の時点で第1部隊が魔導書を手に入れたのは分かっています。

 後は地下三十一階から地上の恒久陣地に持ってくるだけです。

 魔導書が地上に運び出されたら、休んでいた第2部隊が再挑戦します。


「承りました、お預かりした魔導書はできるだけ高く売り、レベル5以上の状態異常快復魔導書を手に入れてまいります」

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