第29話:有言不実行

神歴808年・公国歴72年7月7日ベーメン公国リューネブルク侯爵家領都領城ヴィルヘイムの私室:アンネリーゼ視点


 私が思い切って踏み込み、強く出た事で、色々な事が大きく動きました。

 特に大きかったのが侯爵の態度です。

 これまで虫が這うくらい遅かった関係改善が、一気に進みました。


「アンネリーゼ様、隣に座って欲しいと申されておられます」


 私が強く出た翌日から、老侍従が侯爵の隣に座れと言いだしたのです。

 最初は老侍従が嘘を言っているのかと疑いましたが、本当の事でした。

 私が近づいても侯爵が逃げなかったのです。


 ただ、被った毛布の上からでも分かるくらい震えていましたから、逃げ出したいほど怖いのを我慢していたのでしょう。


 子供を人質に取られた侯爵の乳母が、侯爵を殺せと脅かされ、悩んだ挙句自害した事で、女性を側に近づけるのが怖くなったと聞いています。

 女性と親しくなるどころか、近づくのも怖くなったのもしかたありません。


 侯爵にこれほど勇気を振り絞られると、私の決意もぐらつきます。

 侯爵のために言っている事ですが、他にもっと良い方法があったのではないか?

 そう思い悩んでしまいます。


 公都で頑張ってくださっている、アルフレート伯爵とユルゲン魔術顧問が、レベル4以上の状態異常快復魔術を手に入れてくれたら、無理をしなくてすみます。

 私がダンジョンに挑まなくてもよくなります。

 

 私が期限を切った十日以内に何とかして欲しい。

 そう心から願う日々が続きました。


「アンネリーゼ様、領内の冒険者に新しいダンジョンを探させております。

 見つかったら、そのまま宝物を持ち帰るようにとも命じております。

 上手くすれば望みの宝物が手に入るかもしれません。

 慌てて判断されないように、伏してお願い申し上げます」


 エルンスト伯爵も必死でダンジョンを探してくれています。

 しかし、冒険者たちは以前からダンジョンを一生懸命探していたはずです。

 侯爵家が依頼を出したからと言って、簡単に見つかるとは思えませんでした。


「アンネリーゼ様、急いで騎士団を動員してダンジョンを探させております。

 騎士団も索敵などの訓練はしていますが、ダンジョン探しの専門ではありませんので、ベテランの冒険者をつけて探させております。

 一騎当千の騎士百騎がモンスターを蹴散らしておりますので、これまでとは比較にならないくらい魔境の奥深くまで調べられております。

 必ず何らかの報告がありますので、くれぐれも早まらないように、この通りお願い申し上げます」


 エルンスト伯爵に何度も深々と頭を下げられると、私が悪い事をしている気になってしまいます。


 確かに多少強引でしたし、強く言いましたが、全部侯爵の為ですし、侯爵家の為でもありますから、罪悪感を刺激しないで欲しいです!


「アンネリーゼ様、家中の有志が魔境に入ってくれています。

 これまで投入していた五百騎に加えて、徒士千兵が魔境に入ってくれています。

 今日までは何の成果もありませんが、必ずダンジョンを発見してくれます。

 ですので、絶対に早まらないでください、お願い申し上げます」


 毎日頭を下げられて、胸だけでなくお腹まで痛くなってきました。

 できる事なら、侯爵や家臣の人たちにこれ以上負担はかけたくないです。


 それでも、間違った事を言ったとは思っていません。

 侯爵を治して、侯爵の子供に家を継いでもらうのが一番だと思っています。


 一度口にした事を取り止めるのは恥なので、私もダンジョンを見つけて欲しいと思っています。


「アンネリーゼ、お願い、行かないで、死なないで、お願い」


「「「「「話された、侯爵閣下が女性に話された!」」」」」


 十日経ってしまって、決断した事を言わなければいけなくなりました。

 そんな私に、侯爵が自分から話しかけてきたのです!


 これまで老侍従にしか話せなかった侯爵が、幼子のような弱々しい声で、縋るような視線を向けて、私にお願いしたのです!


 これを断っては私の女が廃ります!


「分かりました、侯爵閣下が勇気を振り絞って話してくださったのです。

 私も有言不実行の恥をかかせていただきます」

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