第28話:踏み込み

神歴808年・公国歴72年6月27日ベーメン公国リューネブルク侯爵家領都領城ヴィルヘイムの私室:アンネリーゼ視点


 今日初めて侯爵と一緒に食事をする事ができました。

 私が自分の部屋に戻って食べると言っても許さず、私が見ている所では何も食べず、私が食べる所をチラチラ見るだけだった侯爵がです!


 本当にゆっくりとですが、関係が良くなっています。

 私たちが互いに幼いなら、このままゆっくりと関係を深めていく事ができたでしょうが、残念ながら侯爵はもう初老なのです。


 五年十年かけて関係を築いていくには、侯爵は歳を取り過ぎています。

 私が没落男爵令嬢で、せっかちに生きてきたからかもしれませんが、このまま時間切れになるのだけは絶対に嫌です!


 なし崩しに自分の子供に侯爵位を継がせたくないです。

 侯爵が亡くなるのを待って女侯爵になり、誰に非難されることなく愛する人結婚して、大義名分的に何の傷もない子供に侯爵位を継がせられると分かっていても。


 いえ、分かっているからこそ、絶対に時間切れは嫌なのです!

 私は実家を乗っ取られたくなくて、ガマガエル爺の妾にされたくなくて、契約結婚しましたが、侯爵家を乗っ取りたいと思った事は一度もありません!


「エルンスト伯爵、今日この本を読みました。

 物好きが子供のために作った荒唐無稽な嘘ばかりの本と教わりました。

 ですが、私は、この本には真実が書かれていると思いました。

 ダンジョンの中には、何度宝物を持ち帰っても大丈夫なダンジョンがある。

 もしくは、欲しい宝物が手に入るまで諦めずにダンジョンに挑める。

 そのどちらかを伝えたくて作られた本だと思いました。

 私はレベル4以上の状態異常快復魔術を身に付けて侯爵閣下を治します!

 明日からダンジョンに挑みますから、急いで準備してください!」


「アンネリーゼ様、急に何を言われるのですか?

 そのような危険な事、絶対にさせられません!」


 エルンスト伯爵は、思ってもいなかった事をいきなり言われて、よく分からない状態で、それでも危険だと判断して止めようとします。


「アンネリーゼ様、侯爵閣下も反対されておられます!」


 私の言葉を聞いて、とっさに侯爵を見た老侍従が、侯爵に耳を寄せてから、反対だと強く言い出しました。


「どれほど強く反対されても、私の決意は変わりません!

 侯爵閣下を治せる可能性があるのに、自分の子供を侯爵にしたいから、閣下を見殺しにしたと言われるのだけは絶対に嫌です。

 貴方たちが協力しないというのなら、私独りでもダンジョンに行きます!」


「アンネリーゼ様の強いお気持ちは良く分かりました。

 それでも、大切なアンネリーゼ様に危険なマネはして欲しくありません。

 家中一同よく話し合って、最良の方法を探させていただきます。

 十日、十日だけ待って頂けないでしょうか?」


「分かりました、十日だけ待たせていただきます。

 最初に言っておきますが、変な時間稼ぎは絶対に許しません。

 私を幽閉しようとしたら、舌を噛んで死にます。

 魔術や薬で無抵抗にしようとしても同じです、自害します。

 侯爵閣下、貴男様を襲った外道と同じような手段は取らないでください。

 私は誇り高い曾祖父リドワーンの曾孫なのです」


 本当に自害する気はありません、単なる脅しです。

 侯爵に子供を作らせて、私は自由な生活を楽しみたいのです、死んだりしません。

 ただ、あれくらい言わないと、何をするか分からないと思ったのです。


 侯爵も家臣も、命がけの大変な時期があっただけに、思い込みが激しいのです。

 そうでなければ私と愛人の間に生まれた子供に侯爵を継がせるなんて言いません!

 そんな人たちは、自分の正義を押し通すためなら手段を選ばないと思ったのです。


「自害なんて恐ろしい事を口にしないでください!

 分かりました、絶対に卑怯な手段は使わないと約束します。

 私が使わないだけでなく、家中の誰にも使わせません。

 侯爵閣下も使われません、そうですよね、閣下」


「絶対に使わないから死なないでくれと申されています」


 侯爵に耳を寄せた老侍従が哀しそうな表情で言いました。

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