第26話:視線
神歴808年・公国歴72年6月27日ベーメン公国リューネブルク侯爵家領都領城ヴィルヘイムの私室:アンネリーゼ視点
「レベル4の状態異常快復魔術を発見できた時のために、魔境での狩りを再開したいのですが、何とかなりませんか?」
私は何度もエルンスト伯爵に訴えました。
「アンネリーゼ様、本当に能力が上がるかどうかも分からないモンスター狩りをしていただくよりも、徐々に距離が詰まっている閣下との時間を大切にしてください。
お願いします、この通りです」
その度にエルンスト伯爵に頭を下げられて終わりです。
エルンスト伯爵だけでなく、他の重臣たちからも毎日頭を下げられます。
侯爵最側近の老侍従や侍女たちの視線も日に日に熱くなってきます。
家臣たちの期待が熱すぎて火傷しそうです!
確かに侯爵との距離が徐々に近づいているのは確かです。
最初会った時は、全く目を合わせてくれませんでした。
いえ、視線どころか顔すら向けてくれませんでした。
ですが今では、気がつくと侯爵の視線を感じます。
私が顔を向けると露骨に顔を背けるので、絶対に顔を向けないようにしていますが、常に侯爵の視線を感じるようになりました。
これまでは、侯爵の私室にある会議用の大テーブルの真向こうに座っていました。
正面から顔が見られるとはいえ、一番遠い場所になります。
それが、徐々に近づいています。
最初は左右両側に十席も空いていたのに、今では間が五席になっています。
まだまだ遠いですが、席が近づくごとに家臣たちの笑みが広がっています。
「何か新しい本はありませんか?」
侯爵の読む本を管理している老侍従に聞いてみました。
魔境の植物に関する本は完璧に暗記してしまいました。
魔境の動物やモンスターに関する本も完璧に暗記してしまいました。
冒険者になった時のために、他国の言葉を覚えるのも良いでしょうが、事細かな注意事項まで間違えないように暗記していたので、今は軽い本が読みたいです。
他国の言葉を覚えるのはその後にします。
「この本はいかがでしょうか?
荒唐無稽な本ですが、魔境にあるというダンジョンについて書かれております」
ダンジョン、冒険者が命を賭けて宝物に挑む場所!
神様が人間のためにお創り出してくださった知識の宝庫!
その多くは、既に冒険者の手によって宝物が発見されてしまい、今ではモンスターの住み家になってしまっています。
元々ダンジョンには多くのモンスターがいましたが、それは宝物を守るためにダンジョンが造り出した幻影だと言われています。
人間が宝物をダンジョンから持ち出すと、ダンジョンが生みだしていた幻影モンスターは現れなくなるそうです。
「荒唐無稽と言い切られるという事は、もう読まれたのですか?」
「はい、閣下にお読みいただく本は、事前に三人の家臣が読むようにしております。
本に毒が塗られていた事がありますので」
侯爵の命を狙っていた連中は、どれだけ悪質だったのでしょう!
両親を殺された不幸な子供が、知識を得るために本を読もうとしたら、毒に犯されて死んでしまうような罠を仕掛けるなんて!
「それも、ご両親が残された日記にです」
本当に許し難い悪逆非道な連中ですね!
幼い子供が、殺された両親の気配を少しでも感じたくて、必ず残された日記を読もうとすると考えて、その日記に毒をぬるなんて、私でも殺してやりたくなります!
「本当に許し難い腐れ外道たちですね、曾祖父でなくても侯爵に手を貸して皆殺しにしたくなります」
そんな風に老侍従と話している間も、侯爵の視線を感じてしまいます。
目を向けると急いで避けるのが分かっているので、気になっても我慢です。
「どのような内容なのですか?」
「それを言ってしまうと面白くなくなってしまいます。
どうか御自身でお読みください」
最初からその心算でしたから、教ええもらえなくても良いのですが、聞く前より内容に期待してしまいますね。
「ええ、読ませていただきますわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます