第25話:期待
神歴808年・公国歴72年5月28日ベーメン公国リューネブルク侯爵家領都領城ヴィルヘイムの私室:アンネリーゼ視点
あの時、近所の老婦人は可哀想な子猫をどう扱っていたのか?
時間があるなら、怖がられないように、追い込まないように、子猫の方から近づいてくるまで待つ。
時間がない場合は、あの時の子猫のように、いつ死ぬか分からないほど弱っている場合は、ひっかかれようと咬まれようと無理矢理ミルクを飲ませる!
今回私が何とかしなければいけない侯爵は、随分と歳を重ねてしまっていますが、今直ぐ死にそうなわけではありません、時間をかける事にしましょう。
「エルンスト伯爵に、今日の予定を全部変えてくれるように伝えて来てください。
この部屋でやれる事はここでやりますから、道具を持って来させてください」
「承りました、隣の部屋の侍女に事情を話して行かせてくれ」
老侍従の一人が、侯爵付の侍従に命じました。
若い侍従から廊下側の控え室にいる侍女に伝えられ、更に廊下に控えている侍女に伝えられ、ようやくエルンスト伯爵の所にまで行く侍女に伝えられます。
まるで伝言ゲームのようですが、常に刺客を警戒しなければいけなかった、侯爵を守るために作られた仕組みですからしかたありません。
いつ誰がどのような者に変装して襲って来るか分からなかったそうです。
「我が魔力を集めて苦しむ者を快復させる力に変える、ハイステータスリカバリー」
今のままでは定期的に状態異常快復魔術を侯爵のかける以外する事がありません。
「何か勉強になる本が有れば貸して頂けますか?」
「閣下のためにご用意している本が幾つかございます」
老侍従の一人がそう言うと、侍女が手分けして分厚い本を持って来てくれました。
この一冊で我が家が借りていたタウンハウスが買えてしまうのでしょうね。
最初に手に取った本は、何か難しい事が書いてありましたが、全く興味の惹かれない、神について書かれた教会の本でした。
次に手に取った本は、本物かと見紛うばかりに詳細な絵が描いてある、魔境に生える植物について書いてある本でした。
上手く侯爵を治せて、侍女の誰かに侯爵の子供を産ませられたら、私は晴れて自由の身になれます。
その時には、魔境に生える貴重な薬草を集める冒険者になっても良いですね。
その時の為にも、魔境に生える植物を知るのは良い事です。
エルンスト伯爵が勉強道具を持って来てくれるまでの間、これを読みましょう。
「我が魔力を集めて苦しむ者を快復させる力に変える、ハイステータスリカバリー。
我が魔力を集めて苦しむ者を快復させる力に変える、ハイステータスリカバリー。
我が魔力を集めて苦しむ者を快復させる……」
魔力無駄にするのはもったいないです。
本に夢中になって、時間が経つのを忘れてしまう可能性が高いので、今ある魔力の半分、四十回状態異常快復魔術をかけておきました。
これだけかけたら、レベル3のハイステータスリカバリーで治せる異常は完全に治せているはずです。
これ以上治そうと思ったら、レベル4以上の状態異常快復魔術を覚えないといけませんが、今のところ全く手掛かりがないそうです。
それに、レベル4以上の状態異常快復魔術を知る事ができたとしても、私にそれだけの才能や能力がなければ覚えられません。
こんな風に何もできずに時間を浪費するよりは、魔境のモンスターを倒して能力をあげておくべきなのです。
本当に能力が上げられるかどうかは分かりません。
ですが、何もせずにいるよりは何かしておく方が良いのです。
特に私には、冒険者になるための練習になります。
「侯爵閣下、アンネリーゼ様の勉強道具を持って来させていただきました」
廊下側の控室からエルンスト伯爵が声をかけてきました。
エルンスト伯爵直々に私の勉強道具を持って来てくれたようです。
「入ってもらってくれ」
侯爵閣下の直ぐ側にいる老侍従が、閣下に耳を近づけてから声をかけます。
廊下側扉の近くにいた若い護衛騎士が厚くて頑丈な扉を開けます。
「失礼したします、おお、仲良く同じ机で勉強されているのですね!」
エルンスト伯爵のうれしそうな声を聞くと胸が痛みます。
私に閣下を籠絡できるだけの魅力があれば、信頼を得た時点で何とかなったかもしれないのです。
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