第13話:後退
神歴808年・公国歴72年5月5日ベーメン公国リューネブルク侯爵家領都領城のアンネリーゼ私室:アンネリーゼ視点
「アンネリーゼ様、侯爵閣下からの伝言でございます。
まだ疲れが取れないので、今日は会いたくないとの事でございます。
魔導書は疲れが取れるまで返さなくても良いと申されました」
夜が明けたばかりの早朝に、侯爵の使いがやって来ました。
昨日の失敗を想い知らされる伝言を携えて。
反省はしましたが、落ち込んではいられません。
魔法が使える事が分かったのです、侯爵との関係は時間をかけて何とかするとして、今はもっと魔法を勉強しなければいけません。
昨日使えるようになったのは、火属性レベル3のファイア・アローですが、レベル4の火魔術が使えるようになるかもしれません。
もしかしたら、他の属性魔術も使えるかもしれないのです!
侯爵夫人として表に立つ約束はしましたが、最低限で許してもらいます。
侯爵夫人にふさわしい立ち振る舞いを勉強したいと言いだしたのは私ですが、今は魔法の勉強の方がやりたいのです!
「アルフレート伯爵に今後の事を相談したいのです。
都合をつけてもらえるように伝言をお願いします」
私がそう言うと、アルフレート伯爵がつけてくれた専属侍女の一人が、部屋を出て行きました。
直ぐに戻って来たので、二階に待機している侍女に指示してくれたのでしょう。
私に実家のような没落男爵家とは違って、数多くの侍女や侍従がいます。
私の専属侍女だけでも四人いて、後宮の階ごとに専任の侍女がいます。
「それと、朝の予定が入る前に魔術の練習がしたいの。
それもアルフレート伯爵に相談をすれば良いの?
それとも、領地に戻ったら別の人に相談しなければいけないのかしら?」
「公都と同じように、領地にも家宰の伯爵が居られます。
城の責任者も別に居られますが、侯爵家の筆頭家臣はアルフレート伯爵です。
どなたに許可を取られますか?」
「家臣筆頭はアルフレート伯爵でも、領地を任されている方が別に居られるなら、その方にも話を通しておかないと失礼だわ。
領地の家宰は誰が務めておられるの?」
「家臣次席のエルンスト伯爵が務めておられます」
「エルンスト伯爵に、魔術の練習がしたいので、しかるべき場所が借りたいと、使者を送ってちょうだい」
「承りました、直ぐに伝えさせていただきます」
また専属侍女の一人が部屋を出て行った。
「アルフレート伯爵とエルンスト伯爵の返事が届くまでに、朝の準備をさせていただきます」
残っていた専属侍女が一斉に私を囲んで服を脱がせにかかります。
最初は抵抗していましたが、今では諦めて任せています。
着替えも、化粧も、全て侍女まかせになってしまいました。
ですが、それもしかたがありません。
私がやると、つい没落男爵令嬢らしい貧相な装いになってしまうのです。
侯爵夫人らしい、上品に権力と富を表す装いなどできません。
没落男爵令嬢だったら、一生分の生活費を使っても買えないようなドレスを、普段着として身に付けるのです。
そんなドレスのまま食事をしなければいけないのは苦行です。
ろくに味がしなくなり、食が細くなるのも当然です。
スープやソースを飛ばす心配のない、お菓子に手が行ってしまうのも当然です。
疲れていると使いを寄こしてくださった、侯爵閣下とは一緒に食事できません。
伯爵であろうと、臣下と一緒に食事する事はありません。
父上となら一緒に食事できますが、愚かな父上が変に勘違いしてしまって、権力を振るうようになったら怖いので、できるだけ会わないようにしています。
なので、独り寂しく朝の食事を取る事になります。
スープやソースを飛ばさないように、細心の注意を払いながらの食事です。
本心を言えば、何も食べたくないのですが、料理人が心配しますので、完食しないといけません。
全く味のしない食事を何とか食べ終えた時に、専属侍女がアルフレート伯爵とエルンスト伯爵の訪問を教えてくれました。
この絶好のタイミング、私が食べ終えるのを待っていたのでしょうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます