第11話:旅と不安
神歴808年・公国歴72年5月4日ベーメン公国リューネブルク侯爵家領都領城:アンネリーゼ視点
私は侯爵とアルフレート伯爵の許可を取って、領地に行きました。
ベーメン公国は、リューネブルク侯爵領に住む十五万人を加えても、百万人しかいない領邦国家です。
国を構成する人種は多種多様で、心からベーメン公王家に忠誠を誓っているのは二十万人程度ですから、リューネブルク侯爵家を恐れるのは当然でしょう。
当初は、臣従させてから徐々に力を削いで、最終的にはリューネブルク侯爵家を潰す気だったようですが、今ではとても実現できない状況です。
ベーメン公王家が力をつけるよりも早く大きく、リューネブルク侯爵家が力をつけてしまったのです。
リューネブルク侯爵家を攻める心算で造った直通の街道が、今ではリューネブルク侯爵家が攻め込んで来るのを恐れる街道になっています。
私はその街道を使って馬車で領都領城に向かいました。
直線距離で二百キロですから、十三時間もあればたどり着けます。
騎士団だけで行軍するならもっと早いでしょう。
リューネブルク侯爵家が公王家を滅ぼす気ならいつでもできますね。
私がお願いしてからたった二日で領地に行く準備が整ました。
普通の貴族なら、叛乱を警戒してなかなか領地に戻る許可がおりません。
ですが、ガマガエル爺の件で全大臣が処刑された直後です。
急遽新しく選ばれた大臣たちはリューネブルク侯爵家をとても恐れています。
領地に戻る届出に文句を言う度胸などありません。
いえ、ガマガエル事件が起きる前から文句は言えなかったでしょう。
片道十三時間かかりますから、余裕を見て朝早く公都の屋敷を立ちます。
途中で陽が暮れそうなら街道沿いの街で一泊したのでしょうが、今回は馬車に問題が起きる事もなく、すんなりと領城に来られました。
途中で多少の事件もありましたが、大した事にはなりませんでした。
リューネブルク侯爵家騎士団の強さを再確認できました。
領城に着いて直ぐに魔導書を試したかったのですが、私はともかく、侯爵が馬車での移動に慣れていなくて、直ぐに休まなければいけない状態でした。
アルフレート伯爵が、途中の街や村で休んだり一泊したりする提案をしたのですが、侯爵が頑として聞かなかったのです。
私のために、途中の街や村で休憩する時も、誰が何と言おうと馬車から下りようとしなかったのです。
『信用できない人だけでなく、初めて訪れる街や村も怖いのかもしれません』とアルフレート伯爵に言われると、男のくせにとも言えません。
以前に知らない街や村に泊まって殺されかけたのかもしれませんから。
ただ、建前上は男らしくないと蔑まれます。
王侯貴族は全員戦える騎士であるべきというのが、カール大帝の信念だからです。
ですが、実際には、戦場に立てない高位貴族が多いです。
侯爵ほどの高位貴族なら、自分では戦わず、主従関係を結んだ貴族や騎士に戦いを任せるのも不思議ではありません、カール大帝が特別なのです。
「閣下、部屋でお休みになられるのでしたら、私も一緒に行かせていただきます。
何ができる訳でもありませんが、夫婦は一緒にいるべきだと思います」
領城に戻り、馬車を下りる時から毛布を被っていた侯爵がピクリとしました。
両側から支えていた老侍従の一人に耳打ちしました。
あまりにも声が小さいので、それなりの近さにいるのに何も聞こえません。
老侍従は良く聞き取れますね。
「同じ部屋に入って構わないと言っておられます」
老侍従が安心したような声色で教えてくれました。
彼も侯爵と私の事を心配してくれているのでしょう。
いえ、私の決意が上手くいくように願ってくれているのでしょう。
少々重荷ではありますが、家臣たちの期待がヒシヒシと伝わってきます。
私が、愛人ではなく侯爵の子供を産もうとしているのを理解してくれています。
手伝える事は、できるだけ手伝おうとしてくれています。
「閣下が寝ておられている間、あの魔導書を使ってみても良いですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます