第10話:魔術書と魔導書
神歴808年・公国歴72年5月1日ベーメン公国公都リューネブルク侯爵邸:アンネリーゼ視点
毛布の塊がわずかに動くと、側にいた老齢の侍従が毛布に近づきます。
良かった、私は賭けに勝ったようです。
事前にアルフレート伯爵に教えてもらっていました。
侯爵がどうしても女性と話さなければいけない時は、幼少時から仕えている老齢の侍従を通すのだと。
老侍従も、最初から侍従として仕えていたわけではないそうです。
多くは元騎士で、騎士としては戦闘力が落ちたので、引退する事になったのですが、侯爵が側を離れる事を許さなかったので、慣れない侍従をしているそうです。
「アンネリーゼ様、こちらはとても珍しい魔導書だそうです」
老侍従が侯爵に代わって話してくれます。
侯爵はもう自分の世界に入って本を読んでいます。
今日は大きな勝負をして勝ったので、これ以上距離を詰めるのは止めましょう。
「魔導書、魔術書とは違うのですか?」
今は魔術について学ばせてもらいましょう。
父の弱さ愚かさで、我が家はガマガエル爺に騙される前から貧しかった。
魔術というお金のかかる勉強は、できない経済状態だったのです。
「申し訳ありません、私も閣下の言葉を伝えているだけで、魔導書と魔術書の違いは知らないのです」
老侍従がとても申し訳なさそうに、毛布の塊に目をやります。
これ以上は何も聞けないのが分かります。
長年側近くに仕え、離れる事を許されない老侍従が話しかけられないくらい、女性に対する拒絶反応が出ているのでしょう。
「私が代わりに説明させていただきましょう。
今日の魔術の勉強は、魔導書と魔術書に違いを教えさせていただきます」
「お願いします、魔術顧問殿」
「魔術書には魔術の使い方が書かれています。
魔術書も貴重ではありますが、裕福な貴族や商人なら買える値段です。
ですが魔術の才能のある者を導く魔導書は、公王家でも買うのをためらうほど高いのです」
「魔術の才能のある者を導くとはどういう意味ですか?」
「魔術書は、魔術の才能が有る者が読んでも、必ず魔術が使えるようになるとはかぎらないのです。
正確な発音で呪文を唱え、指や魔術棒で正確に呪文を描き、身体の中にある魔力を上手く体外に導かないと、魔術を発現させる事ができません」
「魔導書は、それら全てを勝手にしてくれるのですか?」
「はい、本来なら一生懸命努力して覚えなければいけない数々の事を、全て魔導書がやってくれるのです。
ただし、魔法の才能が有る者だけです。
魔法の才能がないと、魔導書といえども何の役にも立ちません」
ここで魔術が発現しないと言う事は、侯爵閣下に魔法の才能がないと言う事ですか、とは口が裂けても聞けません。
それでなくても不信の塊になっている侯爵です。
更に傷つけるような事を口にしたら、子供を作る道が遠くなってしまいます。
それに、侯爵が魔法を使えても使えなくて気になりません。
私が気になるのは、自分に魔法の才能があるかないかです。
「魔導書があれば、魔術の才能があるかないかはっきりするのですよね?
はっきりないと分かれば、無駄な勉強をしなくても良くなるのですよね?」
「その通りです、知識として知りたいのでなければ、ハッキリさせておいた方が、無駄な時間を使わなくてすみます。
アンネリーゼ様のように、これから多くの事を学ばなければいけない立場の方は、何が無駄なのか早く確かめた方が良いでしょう」
魔術顧問がチラリと毛布の塊に視線をやりました。
この場合、私は誰に聞いた方が良いのでしょうか?
侯爵に聞けない事だけははっきりしています。
「アルフレート伯爵、とても高価なモノだと教えてもらったばかりですが、侯爵閣下が読んでおられる以外に魔導書はありますか?」
「残念ながら公都の屋敷には置いていません。
ですが、領城にはそれなりの数の魔導書が置いてあります。
どうせしばらくは勉強に専念されるのです、領地に行かれますか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます