第9話:お近づき

神歴808年・公国歴72年5月1日ベーメン公国公都リューネブルク侯爵邸:アンネリーゼ視点


 家宰のアルフレート伯爵はやる事がとても速いです。

 頼んだ翌日には優秀な家庭教師をつけてくれました。


 公都にあるリューネブルク侯爵邸には、侯爵を守るための騎士団と魔術師がいるのですが、その魔術師が大抵の勉強なら教えらえるそうです。


「侯爵閣下の護衛もしなければいけないのですよね?

 だったら勉強は侯爵閣下の私室でさせていただきましょう」


 私がそう言うと、アルフレート伯爵と魔術顧問である魔術師が、満面の笑みを浮かべてよろこんでくれます。


 私が侯爵と仲良くしようとしているのがうれしいのでしょう。

 もし可能ならば、侯爵の人間不信女性不信を治して、侯爵の子供を産もうと思っている事に、気がついてくれているのでしょう。


 よろこび過ぎないでください、やる気はありますが、やれるとは限りません。

 私も乙女なので、何事も手探り状態なのです。

 それに、男爵令嬢としての慎みと恥じらいが邪魔をしてしまいます。


「私です、アルフレートです。

 閣下に御用があって、アンネリーゼ様と参りました」


「今開けます、少しお待ちください」


 侯爵の部屋は、敵に狙われないように厳重に守られています。

 普通なら一番良い部屋である窓付きの部屋は、護衛と侍女だけが常駐しています。

 影武者ほど姿形が似ていなくても、外から狙う敵なら騙せます。


 侯爵がいるのは、窓付の部屋から中に入った窓も何もない部屋です。

 お日様の光が入らない、ランプや蝋燭がない状態で全ての扉を閉めてしまったら、真っ黒になるような部屋ですが、一番安全なのです。


 窓のある外側からも廊下側からも、選び抜かれた護衛と侍女がいる部屋を通らないと、侯爵のいる部屋には入れないのです。


「どうぞ、お入りください」


 私たちは最初に廊下から続く控室に入りました。

 私も知っている護衛と侍女が礼をして迎え入れてくれます。

 この控室から続く部屋に侯爵がいます。


「閣下、入らせていただいて宜しいでしょうか?

 昨日話させていただいたように、奥方様が侯爵夫人に相応しい知識を学ばれます。

 こちらの部屋で学ばせていただきますので、入らせていただきます」


 またアルフレート伯爵が声を掛けます。

 刺客を警戒しているのでしょう、常に強固な鍵がかけられています。

 訪ねてきたのが誰なのか分かるように、大きな声で許可を取らないといけません。


「どうぞ、お入りください」


 侯爵と同じ部屋にいる騎士は、リューネブルク侯爵家騎士団の中でも特に強力な人たちですが、皆信じられないくらい美男子なのです。


 アルフレート伯爵は三十歳前後のギリギリ美青年ですが、護衛の騎士たちは二十歳になったばかりの美青年から美老人までいて、目の保養になります。


 侍女たちの方がむしろ平凡な容姿の人が多いです。

 これを普通に考えたら、侯爵がいけない趣味の持ち主だと勘違いしてしまいます。

 侯爵を狙った罠の多くが、女を使った物だったのでしょうか?


「侯爵閣下、一緒に勉強させていただきます」


 私がそう言うと、今日は毛布をかぶった侯爵が小さくうなずきます。

 顔は見えませんが、毛布の塊が少し動いたので認めてくれたのでしょう。

 

 アルフレート伯爵や護衛騎士隊長が大きくうなずいてくれたので、侯爵が拒絶しないギリギリの近さまで寄って、同じ机を使って本を読みだしました。

 とはいっても、主客が物凄く離れる大貴族用長机ですが。


 人嫌いの女嫌い、人間不信の女性不信。

 そんな侯爵は、一日中本を読んで過ごされています。

 私では全く理解できない、世界中の言葉を覚えてられるそうです。


 長年仕える侍女でも、侯爵と同じ机に座る事ができないのに、私だけは、かなり離れているとはいえ同じ机に座れます。


 曾祖父がどれほど侯爵の心に残っている、これだけでも分かります。

 だからこそ、私も自分から動かないといけません。

 曾祖父の遺勲に助けられているだけではいけません。


 急ぎ過ぎるのは逆効果かもしれませんが、侯爵が死んでしまうまでに何とかしないと、本当に愛人の子を後継者にしなければいけなくなります。

 それでは死んだ後で曾祖父に怒られてしまいます。


「侯爵閣下、今読まれているのは何の本なのですか?」

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