第8話:勉強
神歴808年・公国歴72年4月30日ベーメン公国公都貴族街リューネブルク侯爵邸:アンネリーゼ視点
「父は領地で預かっておいてください。
悪い人ではないのですが、押しに弱い所があります。
リューネブルク侯爵家を陥れようと考える者に狙われてしまいます」
私はリューネブルク侯爵家の家宰を務めるアルフレート伯爵に頼みました。
「アンネリーゼ様の父上を、幽閉のように領地に閉じ込めるのは気が引けます」
アルフレート伯爵は私を奥方と呼ぶのを止めました。
白の結婚だからでしょうか?
でも、表向きはちゃんとした結婚だと発表していますよね?
「私も自分の父親を領地に閉じ込めるのは気が引けます。
ですが、侯爵家の弱点を公都に置いておくわけにはいきません。
それに、侯爵家の領都は公都よりも発展しているという噂を聞いています」
「アンネリーゼ様の申される通り、我が家の領都の方が公都よりも発展しています。
ですが、それとこれとは別です。
公王家の男爵であるベンヤミン卿を、リューネブルク侯爵家の領都に閉じ込めるというのは、侯爵家の評判を落とす事になります」
「もうこれ以上リューネブルク侯爵家の評判が悪くなったりしません。
もうどうしようのないくらい、悪い噂が立っています」
「確かにそうですが、悪評は無名に勝りますから、望む所でございます」
「アルフレート伯爵、私は父を心配しているのです。
リューネブルク侯爵に敵対する者をあぶり出すために、父を使わないでください」
「私の事はアルフレートと呼び捨てにしてくださいと何度もお願いしたはずです」
「年長者で、リューネブルク侯爵家を支えてきた貴男を呼び捨てにはできません。
少なくともある程度侯爵家の事を理解するまでは呼び捨てにできません。
そんな事よりも、父を利用するのを止めてくれないのですか?!」
「アンネリーゼ様がそう言われるのでしたらしかたありません。
我が家の腕利きが守っておりますので、何があっても大丈夫なのですが、アンネリーゼ様がそこまで心配されるのでしたらしかたありません。
フェルクリンゲン男爵には、領都でゆっくりとしていただきましょう。
話は変わりますが、舞踏会や晩餐会の招待は受けられないのですか?」
「侯爵閣下の代わりに貴族との交流をさせたいのは分かっています。
いつまでも影武者を使っていられないのも分かっています。
ですが、今の私では公の場に出られません。
男爵令嬢に求められる立ち振る舞いと、侯爵夫人に求められる立ち振る舞いが全く違うのです」
「我が家なら少々の無礼や失敗は許されますが?」
「許されるからと言って、やって良い事ではありません。
知らずにやってしまった事で、下位の貴族の名誉を傷つけ恨まれてしまったら、ヴィルヘイム閣下だけでなく、次代の侯爵も恨まれてしまいます。
私は自分の子供に恨みを残したくないのです」
「恨まれるのが危険なのは、私たちが誰よりもよく分かっております。
分かりました、アンネリーゼ様が完璧な侯爵夫人となれるように、優秀な家庭教師を雇わせていただきます」
「家庭教師を雇ってくださるのなら、マナーだけでなく、領地経営や軍事、魔術や武術を教えられる人も雇ってください」
「そのような事は、我々に任せてくださればいいのですが?」
「先にマナー、社交を学びますが、他も覚えたいのです。
フェルクリンゲン男爵令嬢では、学びたくても学べない事がたくさんありました。
侯爵夫人になれたのですから、昔できなかった事がしたいのです」
「そういう事でしたら、集められる最高の家庭教師を集めさせていただきます。
領地の事は家中の者が一番良く知っていますから、隠居した代官や財務官を領地から呼び寄せましょう。
魔術と武術ですが、万が一の事があってはいけませんので、騎士団を引退した教え上手と、屋敷の魔術顧問にやらせます」
「ありがとう、アルフレート伯爵」
何も知らない、何もできない、形だけの侯爵夫人になる心算はありません。
心から感謝されているのは分かりますし、大切にされてもいます。
ですが、一番優先しているのが子供を産む事なのは気分が悪いです。
侯爵の代理として政務が執れるくらいになりたい。
曾祖父の遺勲ではなく、私の能力でアルフレート伯爵の忠誠を手に入れたい。
忠誠を得るのは無理でも、何か1つくらい対等に話せるようになりたい!
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