第6話:先々代フェルクリンゲン男爵リドワーン卿
神歴808年・公国歴72年4月25日ベーメン公国公都貴族街リューネブルク侯爵邸:アンネリーゼ視点
「ですが、なぜ私なのですか、それが全く分かりません」
家宰であるアルフレート伯爵が説明してくださったので、リューネブルク侯爵ヴィルヘイム卿が人間不信となられた事は理解できました。
はっきりとは言われていませんが、女性と接する事ができなくなり、子供を残せなくなったのでしょう。
ヴィルヘイム卿が、親戚に跡目を譲りたくない気持ちも理解できました。
でも、私に譲っても良いという理由が全く分かりません。
それを教えてもらわない限り、簡単に引き受ける事などできません。
「それは、先々代フェルクリンゲン男爵リドワーン卿が、侯爵閣下を助けてくださったからです。
しかも、命懸けで戦ってくださったにもかかわらず、全く代償を求められず、こちらが御礼をしようとすると、逆に怒られたからです。
『フェルクリンゲン男爵家はリューネブルク侯爵家の分家、今フェルクリンゲン男爵家があるのは、宗家が大切な領地を分与してくれたお陰だ。藩屛として本家を護るのは当然である』と申されて、一切の報酬を拒まれたのでございます」
私が生まれた時にはすでに亡くなられていた曾祖父が、とても誇り高い方だったのが良く分かりました。
ちょっとだけでも、その報酬をもらっていてくれていたら、フェルクリンゲン男爵家の家計のやりくりが、もっと楽だったのにとも思ってしまいました。
いえ、どうせ父が騙された時に全部奪われて無くなってしまっていますね。
どれだけ莫大な財産があろうと、あの父では何も残らなかったでしょう。
「侯爵閣下は、今こそあの時のお礼をすべきだと申されているのです。
だから、遠慮も心配もなされずに、安心して嫁いできてください。
あの時以来、家臣一同死ぬ気で自らを鍛え、どこの誰にも侯爵閣下を害させないように努力してきました。
その力で必ずアンネリーゼ様を御守りいたします」
今度も、アルフレート伯爵が最敬礼してくれたのと同時に、室内にいる全員が私に最敬礼してくれます。
曾祖父の遺徳のお陰で、フェルクリンゲン男爵家が助かるというのなら、胸を張って嫁入りしてもいいでしょう。
まして白の結婚で良いと言ってくれているのですから、これほどの好条件はありませんが、ちょっと引っかかる所があります。
「分かりました、曾祖父の気持ちを考えれば、お受けするしかありません。
お受けすると決めた以上、このままこの屋敷に残らせていただきます。
父には私から事情を書きますので、それを見せて手回り品を持って来てください。
侯爵家の正室には相応しくない安価な物ばかりですが、愛着がありますので、廃棄せずに使わせてください、いいですね」
「承りました、奥方様、さあ、お前たち、奥方様の荷物を運んでくるのだ」
アルフレート伯爵が指示を出し、他の家臣たちが一斉に動き出しました。
もう私をリューネブルク侯爵家の正室として扱ってくれています。
ありがたいと同時に、大きな重圧を感じます。
彼らと、そして曾祖父リドワーン卿の想いです。
貴族にとって、血統を守る事は何物にも代えがたいとても大切な事です。
ヴィルヘイム卿の血筋を残したいという、口にはしない本心を感じます。
私だって貴族令嬢ですから、最初から政略結婚をする心算でいたのです。
問題は、私にヴィルヘイム卿の人間不信を治せるかです。
子種を得るだけの魅力があるかですが、やれるだけやるしかありません!
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