第2話:宗家の使い
神歴808年・公国歴72年4月25日ベーメン公国公都貴族街フェルクリンゲン男爵邸:アンネリーゼ視点
私の前に宗家の筆頭家臣が座っています。
私が分家の男爵令嬢で彼が陪臣なので、表向きへりくだってくれてはいますが、宗家から伯爵位を与えられていて、実力は公国の重臣貴族を軽く超えています。
侯爵家の筆頭家臣ともなると、ランド・スチュワード、家宰・家令、家司、城代家老、呼び方は国や時代、各家の規模で違っています。
ですが、その呼び名に関係なく、ベーメン公国を陰で支配していると評判の、宗家リューネブルク侯爵家の政治と軍事を預かる最高権力者なのです。
「アルフレート家宰殿、しがない男爵家にお願いとは、いったい何ですか?」
私は正直うんざりしています。
相談やお願いをしたいのは私の方なのです。
お人好しの父、フェルクリンゲン男爵が友人に騙されて保証人となり、莫大な借金を背負されてしまい、男爵位を売らなければいけない状態なのです。
我が家にとっては爵位を売らなければいけないような莫大な額でも、リューネブルク侯爵家の権力と財力だったら、どうとでもできる事です。
その財力で素直に払う事もできれば、権力で借金をなかった事にもできます。
それが分かっているので、お願いしたいところなのですが、五代も前に分かれて全く親戚付き合いしていないのです。
そんな状態では、冷酷非情と評判のリューネブルク侯爵ヴィルヘイム卿に、借金の肩代りを頼む事はできません。
「何も心配いりません、大丈夫です。
フェルクリンゲン男爵家の事情を全て把握しております。
当主ジョナサン卿が、友人に騙されて莫大な借金を背負わされた事。
アンネリーゼ嬢が持参金付きの婿をもらわなければいけない事。
全て把握しております、安心してください、直ぐに止めさせられます」
アルフレート家宰の言う通りです。
本来公王陛下が与えるべき爵位を、勝手に売り買いする事はできません。
普通なら、公王家や公国政府に事情を話せば、売爵だけは阻止できます。
ですが何事にも裏があります。
娘に婿を取るという体裁で爵位を売ることが可能なのです。
跡を継ぐべき男子がいても、乱心、無能、不適格などと公王家に届けて、全く血縁関係のない、平民の家から婿を迎えるのです。
爵位と引き換えに借金を払ってもらうのです。
表向きは持参金という形にして、公王陛下や公国を騙すのです。
いえ、騙すと言うのも間違いです。
公王家の侍従も公国の役人も本当の事を知っています。
知っていて、ガマガエル爺から賄賂を貰って黙っているのです。
「そこまで知っておられるのでしたら、私や父に相談する事は何もないのではありませんか?
もう直ぐフェルクリンゲン男爵家は男系が途絶えてしまって、リューネブルク侯爵家の分家ではなくなるのです。
そんな家に何を相談しようというのですか?
それとも宗家が借金の肩代わりをしてくださるのですか?!」
心の底から悔しくて、八つ当たりしてしまいました。
悪いのは愚かな父と極悪非道な商人、ガマガエル爺です。
そんな事は分かっているのですが、本当なら一番頼れるはずの宗家に相談できない、そんな親戚関係が腹立たしいのです。
何が哀しくて、六十代のガマガエル爺に弄ばれなければいけないの!
表向きはガマガエル爺の孫を婿に迎えるという条件でしたが、あの話し合いの席で見せたガマガエルの獣欲に満ちた目は、私を襲うと言っていました。
それを思い知らせたうえで、借金の肩代りと父親の隠居料を条件としてきました。
悔しくて、腹立たしくて、何度も宗家に頼みに行こうと思いました。
全く関係が無くなっていようと、わずかな縁を頼りに縋ろうと思いました。
ですが、愚かとは言え自分の父親です。
父親の汚点を表に出す訳にはいかなくて、我慢していたのです。
それを、全て知っているなんて言われた、腹も立ちます!
「ええ、条件さえ飲んでくださるのなら、全ての借金を肩代わりしたうえで、品性下劣なガマガエルは潰して差し上げます」
条件、どのような条件なのでしょうか?
冷酷非情で、目的のためなら手段を選ばないと評判のリューネブルク侯爵です。
分家とはいえ、全く付き合いのなかった他人も同然の我が家です。
何か目的があって利用しようとしているに違いありません。
ですが、家を乗っ取られてガマガエルに弄ばれる以上の苦しみはないはずです。
政略結婚の駒にされるとしても、相手は同じ貴族家でしょう。
まさか、いくら何でも、売春婦のマネをさせたりはしないでしょう?
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