閑話「兄と妹」

 アルバートが倒れて三日が経った。

 シャオラスは妹のメイビス(ルーナが暴走するため亜人の見た目になっている)と共に彼の部屋を訪れていた。

 寝る間も惜しんで彼を看病してくれているアーシャは空気を読んで部屋を離れてくれた。

 枕元に立ち、アルバートの顔色を確かめる。

 倒れた当初は土色に近い色をしていたが、今では血色も良くなりつつあった。彼女の看病のおかげだろう。


 ──本当いい女だよな、アル。早く目を覚ませよ。お前の愛した女が悲しんでるぞ。


 アルバートの腕に触れ、彼の生きている証でもある温度に安堵する。

 アーシャも、彼女の仲間であろうルーナも、どちらもいい女に違いない。


「まだ目を覚まさないんですのね」

「そうだな」

「……兄様。これは魔素の欠乏が原因では?」


 隣に立つメイビスの言葉に「そうだろうな」と頷く。

 シャオラスやメイビスのような亜人や獣人に限らず、人は皆生まれながらに魔力を有しているものだ。

 ウルスラグナでは幼い頃から魔力の使い方を両親から教えられる。技術の継承のようなものだ。


 ──なら、アルは?


 息をするように魔法を使うアルバート。

 召喚者だと言う彼は、こことは違う別の世界から来たのだと言っていた。

 だが、別の世界から来たはずの彼は、この世界の魔素を取り込んで回復をしているように見える。

 世界が違えど、世界を創る魔素は変わらないという事だろうか。


「アルバート様は、本当に別世界の方ですの?」

「さァな。どっちだっていいだろ」

「そうですわね。アルバート様は私達の恩人であり『英雄』ですもの」

「アルが『英雄』になるなら、オレはそれを尊重する。ただそれだけだ」


 アルバートは根っからの善人だろう。そうでなければ自分から面倒事に首を突っ込むはずがない。


「茨の道ですわよ」

「分かってる」


 アルバートの足は、いつだって険しい方に向く。

 思えば、彼がS級冒険者に飛び級した時から歯車は動き出したのだろう。

 まるで仕組まれていたかのように、帝国の闇に触れるアルバート。

 無作為に選んだはずの依頼。

 それなのに何故頻繁に闇に突っ込んでしまうのか。


「こいつはそういう星の下に生を受けたんだろうな」

「あら、兄様がそんな事を言うのは初めてですわね」

「揶揄うなよ。奴隷に落ちたウルスラグナの人々を故郷に返す手助けをした立役者だぞ。今までならありえない事だろ?」


 どれだけ声を上げようとも伝わらず、握りつぶされてきた。

 だが、アルバートが来た途端どうだ。帝国はなぜかすんなりと返還に頷いたのだ。

 ありえない出来事に、目を剥いて驚くしか出来ない。


 歴史が動く。

 その物語の一幕に立ち会っているのだと、肌で感じる。


 なんとしてもアルバートの目を覚まさせなければならないと、シャオラスは唾を飲んだ。


「歴史的瞬間って、こういう事を言うんだろうな」

「そう、ですわね」

「いつの間にか祭り上げられているけどよォ。アルは『英雄』になる事を望むのか……?」


 アルバートが望むのなら、国家に反旗を翻すのも一興だろう。

 しかし、果たして彼はそれを望むのだろうか。

 寝ているアルバートに聞いても仕方がないと頭では理解していても、問いたい。

 それをしてしまえば、もう後には戻れない。

 生きるか死ぬか。

 二つに一つの選択だ。


「オレは、そんな重い事をやれなんて言えねェ」


 ましてや彼には愛した女がいるのだ。

 上に立つには血筋が、正統性が重要視されるだろう。

 皇族から妻を娶り子を成す。それが王の務めだ。

 だが、愛した人がいる男にそれを求めるのは傲慢ではないだろうか。

 シャオラスはアルバートを皇帝にするしかない現状に唇を噛みしめた。唇に血が滲み、口の中に鉄の味が広がる。


「決めるのは、アルバート様自身ですわ」

「こいつは言われたら絶対にやる。そういう奴だ」

「まぁまぁ。そんな弱音を吐きに、ここに来たわけではないでしょう?」


 メイビスの言葉に本来の目的を思い出したシャオラスは、自身を落ち着かせるために大きく深呼吸をする。


「オレらなら、魔力の受け渡しができるだろ」

「そうですわね」

「やるぞ」


 自然回復では時間がかかる魔力の回復も、人から人へ魔素を渡して補う事ができる。

 問題はアルバートの魔素量が底知れない事だ。

 一定以上の魔素を渡してしまえば、今度はシャオラス達まで倒れてしまう。

 適量は、シャオラス達が自然回復できる上限。それを見極めなければならない。


「無理を言って悪ィ」

「全くですわ。ですが、私もアルバート様にお礼を言わなければなりませんもの。協力には力を惜しみません」

「助かる」

「というか、亜人の方々に頼めばすぐなのでは?」

「それは流石にリスクが高い」


 魔素の譲渡は、信頼をおける者同士でするものだ。

 悪意のある人物からの魔素の譲渡は毒にしかならない。最悪の場合、死に至る可能性だってある。


「正常な判断は出来ているようですわね」

「試したのかよ」


 シャオラスは薄く笑ってアルバートの手に自分の手を重ねる。

 そして体内に巡る魔素をゆっくりと彼に送っていく。

 同じ様にメイビスも魔素を送ると、こころなしか彼の顔色が良くなった気がする。


 ──早く、目ェ覚ませよ。


 そう思いながら、シャオラスは魔素の譲渡を終えたのだった。


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ここまでお付き合いありがとうございました。

ひとまずここで第一部終了となります。

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公爵令嬢の裏稼業 藤烏あや@ビーズログ小説大賞コミビ賞受賞 @huzigarasuaya

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