第6話「騎士」

 こちらの都合などお構いなしに月日は流れるもので、アルバートがS級へと昇格してから一ヶ月が経った。

 彼らのもとにはパーティーに加わりたいと志願する冒険者が後を絶たず、最初は当たり障りなく断っていたアルバートも、今では少々角の立つ物言いをして断っている。

 日が経つにつれ、パーティーに加わりたい冒険者もいなくなり、彼らは「平穏な暮らしが戻ってきた」と、安堵のため息をつくほど疲弊していたようだった。




 それから更に数日が経った、太陽が顔を出して間もない頃。

 アーシャはいつものように冒険者ギルド内の端にある椅子に座り、アルバートを監視している。

 出立の準備をしていた彼らのもとに、パーティーに加えてほしいと言う、志願者が現れた。

 短く切り揃えられた金色の髪に、サファイアのような瞳を持つ、少年と青年の間を危うげに彷徨さまよっている男性だ。

 小麦色に焼けた肌。硬そうな筋肉質な体は、彼が鍛えている証だ。


「レモラ・パトリオットと申します!」


 彼の曇りない笑顔に、こちらまで毒気が抜かれそうだ。

 だがアーシャは、それが彼の策だということも分かっていた。なぜなら、彼は皇帝の直属部隊(通称、レガリア騎士団)の団長だからだ。最年少で団長の座に着く異例の事態に、反発が大きかったことは記憶に新しい。

 なぜそんな彼がアルバートのパーティーへと志願しているのか。

 それはきっとS級になったアルバートを監視するためだろう。

 アーシャは最低限の報告しかしておらず、魔法が使えることも黙っていた。

 最低限の情報しか手に入らず、焦れったくなった皇帝が自身の常備軍である騎士団に声をかけたのは想像に難くない。

 皇帝は、アルバートが魔法が使えることを知れば、良くて幽閉。悪ければ処刑するだろう。

 こちらの都合で呼び出しておいて、都合が悪くなれば殺してしまう。

 皇帝はそういう人だ。

 そんな皇帝の傲慢さに、アーシャは少しばかり嫌悪感を抱いた。抱いてはならぬとは理解していても、そう簡単には消えてくれない。

 些細なことではあるが、魔法の存在さえ隠せば、彼の頭と首は繋がっていられるだろう。

 今のところ、アルバートはパーティーメンバーの誰にも魔法の話はしていないし、使っている姿も見せていないのだから。


 アルバートはレモラの仕草を観察するように、一挙一動を見逃すまいと、じっと見ていたかと思うと、大きなため息をついて頷いた。


「着いてくるのは構わない。手練そうだしな。それに断ったら、お前は地の果てまで着いてきそうだ」


 彼はやれやれと言わんばかりの顔で、力なく笑った。

 ありがとうございます! と子供のように笑うレモラは、犬が尻尾を振っているかのようだ。


「オレら、今からS級の仕事に行くんだが……お前はどうすんだ? つっても、着いてくるには、S級でないといけねェが?」


 意地の悪い笑みを浮かべたカルミアに、レモラは「大丈夫です!」と自分のギルドカードを彼らの目の前に掲げる。それを見たカルミアはうげっと変な声を上げた。


「最近の若者怖ェ!! なんでその歳でS級になれんだよ!!」

「あたしはカルミアも十分若いと思う」

「ちくしょう! なんの慰めにもなんねぇけど、ありがとな!」


 投げやりな返事に腹が立ったのか、ルーナはカルミアの足を蹴った。

 いってェ! と叫ぶ彼を放って、彼女はアルバートとレモラの腕を引っ張ってギルドを出ていってしまう。

 カルミアはそれを見るなり、慌ててギルドを出て行く。「待ってくれよ」と情けない声を出しながら。


 とても愉快な仲間だ。

 ルーナは確かにアーシャの仲間だが、それ抜きにしても、パーティーメンバーとして彼らと仲がいい。少しばかり妬いてしまいそうだ。それに、バランスの取れたチームだと思う。

 アルバートは銃、ルーナはくないで遠距離から攻撃ができる。カルミアは近接武器の刀。

 そして唯一パーティーに欠けていた、防御担当。それはレモラが担うことになるだろう。彼の武器は盾と槍を併せ持つランスだ。


 彼を派遣した人物は、よく分かっている。とても良い人選だと思う。パーティーに足りない戦力を的確に補充した、その手腕は見事だ。

 それに、レモラのことを知る一般人は少ない。いや、限りなくゼロに近いだろう。

 なぜなら、彼は表舞台には滅多なことでは顔を出さないからだ。

 騎士団の実権を握っているのは間違いなくレモラだ。しかし、彼はそれを上手く隠し、副団長が実権を握っていると思わせている。そう思わせるだけの実力も演技力も、頭も持っている。

 彼の思惑通り、実権を握っているのは団長のレモラではなく、副団長と思っている者はたくさんいるはずだ。


 そんな策士を送り込んでくる、今までなら到底考えられない皇帝の動きに、アーシャは戸惑いを隠せない。

 カルミアがギルドから出て行った後もしばらくその場から動けずにいたほどには動揺していた。


「アーシャちゃん。あの子達行っちゃったわよ? 追いかけなくてもいいの?」


 受付嬢に声をかけられて我に返ったアーシャは、自分の失態に唇を噛んだ。

 立ち上がり、受付へ足を運んだ。


 ――こんなことで動揺していては駄目ね。


 そう思い直し、彼女は機械的に微笑む。貴族階級の女性がよく浮かべる、感情のない笑顔だ。


「ありがとう。気づかなかった。いつもの依頼、ある?」


 アーシャが聞けば、「もちろん」と返事が返ってくる。

 彼女をアルバートの追っかけだと思っている受付嬢は、自分が恋のキューピットになるのだと豪語し、彼女専用に“いつでも外に出られる簡単な任務”を受付嬢自身が依頼する荒業を披露してくれた。彼女の行動力にアーシャが舌を巻いたのは言うまでもないだろう。


「はい。通行証」

「ありがとう。キセンカさん」

「いいのよ。頑張って」


 通行証を受け取り、今にも走り出したいと、早る気持ちを押さえつけ、アーシャは足早に冒険者ギルドを後にした。

 外に出た彼女は、気にする人目がないことを確認し、アルバート達に追いつけるよう、太陽の反射で光る髪を大きく揺らして駆け出した。

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