第7話「こだわりの理由」

 アーシャはアルバート達に追いつくと、いつものように茂みに身を隠して様子をうかが|う。

 意外にも彼らはまだ城門の近くにいた。

 なにやら取り込み中のようだ。


「依頼は『商人の護衛』なのでしょう? 城門で待っていたほうが良いのでは?」


 レモラの言うことはもっともで、護衛なのだから外に出てすぐに護衛に着くべきだろう。

 アルバートはレモラの意見に肩をすくめ、


「それが、東の森から帝都まで護衛してほしいって依頼なんだ」


 喉に魚の骨が引っかかったかのような顔をして答えた。

 なにやら込み入った事情がありそうな依頼だ。

 わざわざ帝都のギルドで依頼を出さなくとも、比較的大きな町や村には冒険者ギルドの支部がある。そこでB級以上の冒険者を雇えばいい話だ。

 東の森を抜けた先には、帝都ほどではないが大きな町がある。

 そこで依頼の難易度を下げて依頼をすればいい。わざわざ高い依頼料を払ってまでS級へ依頼するメリットは、そこまでないはずだ。


 ──S級冒険者にこだわらないのであれば、ね。


 損得勘定にうるさい商人が高いお金を払い、S級冒険者を雇う。

 そんな、いかにもやましいことをしてますよと言わんばかりの依頼に、アーシャは眉を潜めた。

 S級にこだわる理由は簡単。プロ意識が高く、口が堅いからだ。


「セルウス商団か。聞かねェ名だよな」

「最近、頭角を出してきた、期待値の高い商団だって聞いた」

「ルーナさんは詳しいですね。どこから情報を仕入れてるんですか?」

「……酒場」


 さらっと探るように情報源を聞き出そうとするレモラに、ルーナは少し引き気味だ。すっとカルミアの影に隠れる彼女は、アーシャと同じく、彼を警戒しているのだろう。

 その様子を見ていたアルバートが口を挟んだ。


「そろそろ向かいたいんだけど、いいかな?」

「はい! 大丈夫です!」


 元気な返事が返ってくる。

 アルバートは頷いて、先頭を歩き始めた。




  ◇◆◇




 東の森を一度抜けた先へ着く頃には、太陽が真上にきていた。

 アーシャは照りつける日差しの眩しさに、木の上で目を細めた。


「わざわざご足労いただき、ありがとうございます。まさか、帝都中の噂をさらい、驚天動地きょうてんどうちさせた方々に来ていただけるとは……。誠に恐悦至極きょうえつしごくにございます」


 町の入口で、待ってましたと言わんばかりの笑顔の、小太り気味な男性が一礼し、アルバートに握手を求める。

 彼はそれに笑顔で答えた後、綺麗なハンカチで手を拭っていた。

 入口付近には、五台の荷馬車が並べられ、その中へ積荷を運んでいる最中のようだ。


「荷馬車は三台と聞いていたんだけど……?」


 明らかに多い数に、彼は顔をしかめた。そんな顔までもが様になっているとは、美形は何をしても美しいらしい。

 当たり前の反応に異論を唱える者もいない。

 規約違反としてギルド報告するべき案件だからだ。


「増える可能性も記載させて頂いてたはずなんですがね。有備無患ゆうびむかんというやつです、はい」


 男性の言葉に、ルーナが依頼書を確認すれば、依頼書の隅の方に注釈が書いてあった。

 ジト目で見つめる彼女を物ともせず、男性は笑う。


「でしょう?」

「……はぁ。わかった。今後は注釈を大きく書くことをオススメするよ。トラブルのもとだぞ」


 アルバートが大きなため息交じりに「そういうことらしい」とカルミアに目配せすれば、彼はやれやれと肩をすくめた。


「ご挨拶が遅れました。わたくしセルウス商団の頭を務めさせて頂いております、ヒポクシーと申します。布衣之交ふいのまじわりといきましょう」


 にこにこと笑顔を絶やさないヒポクシーにカルミアが引きつった笑みを浮かべる。


「なんつーか、ヤバめの商人に当たっちまったなァ、アル?」

「そうだね。でも引き受けたからには反故するわけにもいかないだろ? 今回は諦めよう」

「商人ですからね。癖の強い方が生業なりわいにすることが多いと聞きます」


 レモラがそう言えば、ルーナもそれに賛同し、「諦めよ、ね?」と小さめの声で言っていた。

 そうこうしているうちに、出発の準備が整ったようで、彼らは商団から貸し出された馬に乗ったのだった。




 出発の準備が整った段階で、アーシャは御者に成りすまし、馬を操っていた。

 本物の御者は狭い荷馬車の中で夢の国へと旅立っていることだろう。

 なにせ、五台の荷馬車に積まれた木箱は、全て、大人が入れそうなほど大きく、天井まで届く高さまで積まれていて、足の踏み場すらなかったのだ。寝心地はお世辞にも良さそうではない。

 圧巻な光景に、度肝を抜かれたが「確かにS級の力を借りなければ損害が出たら大変そうだ」と、商売に明るくない彼女は他人事のように思った。

 荷馬車の先頭をアルバートとレモラが、殿しんがりをルーナとカルミアが務めている。

 彼らは当たり前のように馬を乗りこなし、当たり前のように馬上から魔獣を退けていた。

 彼らが負傷したりすることはあるのだろうか。


 ──……どう考えてもなさそうね。


 彼らほど強い人間を見たことがない。その時点で、この帝国最強の冒険者は彼らなのだろう。

 思考があらぬ方向へと飛んでいるうちに、一行はもう少しで東の森を抜けるという所まで来ていた。


「うわあああああああ!?」


 突如聞こえた悲鳴に、馬達が驚きいななく。

 陣形が崩れ、荷馬車と荷馬車がぶつかる大惨事に発展していた。

 馬は衝突しなかったものの、全く落ち着く様子のない馬に、アーシャは舌打ちをして落ち着かせようと務めるが、なかなか落ち着いてくれない。

 何が起こったのか、検討もつかない。

 慌てふためき、徒歩で森に逃げ出そうとする商人達。

 それを必死にカルミアがなだめていた。

 やっと馬が落ち着き騒ぎの中心を見れば、猿の魔獣の群れが荷馬車の上を跳ね回っていた。


 猿がこの辺りに生息していると報告は受けていないはずだ。

 最近移り住んだのだろうか。


 荷馬車のほろを修復不可能なレベルまで引き裂き、魔獣が中の木箱を開けようと模索する。

 御者台にはまだ人がおり、御者が白目をむいて失神していた。

 魔獣は御者に一切の興味を向けず、なぜか一心不乱に木箱を開けようとしている。


「どうして猿が……?」


 レモラが愕然とした様子で呟く。

 彼の情報網を持ってしても、猿が東の森に生息していることは分かっていなかったらしい。


「そんなことはどうでもいい!! 早く奴らを殺してくれ!!」


 ヒポクシーの叫びに、固まっていたアルバート達が動き出す。

 ルーナがくないを投げ、一番上にいた魔獣を簡単に仕留めた。

 猿が魔獣化した時に怖いのは知能があることだ。

 その点、この魔獣達はあまり知能はなさそうだった。


 木箱を破壊した音が響く。

 ついに魔獣は本懐を果たした。

 だが、中に入っていたのは、彼らが欲しかった物ではなかったらしい。

 魔獣は顔を怒りに染め、木箱の中身に襲いかかり────


「きゃああああ!!!!!!!」


 悲鳴が聞こえた。

 いるはずのない、女性の声が。


 その声を聞いたアルバート達は、目にも留まらぬ速さで駆けつけ魔獣を斬り伏せて行く。そして、荷馬車の中を確認しアルバートは驚きに目を見開いた。

 ルーナでさえ目を丸くし驚いている。

 そんな中、いち早く声を上げたのはカルミアだった。


「呆けてる場合かよ! おい、お前ら、全員外に出ろ! 死にたくなけりゃあな!」


 その言葉に、荷馬車からたくさんの人が出てくる。

 荷馬車には木箱しかなかったはずだがこんな大勢の人間をどこに隠していたのだろうか。

 そう考えて、アーシャは自分が見た光景を思い出した。


 天井まで届くほどに積まれた、大人が入れるくらい大きな、木箱を──


 違法売買。

 その四つの文字が浮かんだが、今はそれどころではない。


 アルバート達は真っ直ぐに向かってくる単調な動きの魔獣を、いとも簡単に蹂躙じゅうりんしていく。


 “簡単に仕留められる”


 誰もが確信している中、木箱の隙間に身を隠している魔獣が、チカチカと光を放ち始めた。

 それに気づいたのはアーシャただ一人。


 魔獣の体内に溜まった魔素。

 それの暴発が起こる前兆。


 彼女が知らせようと声を上げ、


「伏せ────


 その刹那。

 

 まばゆい光が辺りを包み、大きな重い音が響いた。

 その音は、彼が繰り出す銃声のような音だ。

 光と音がズレたような、そんな違和感を感じたと思えば、次の瞬間には、雷でも落ちたのかと錯覚する衝撃が、空気を揺らす。

 その空気はやけに熱く、肌が焼かれそうだ。

 そんな熱波と共に、木の破片が辺りに降り注いだ。


 身を守らなければ、と身構えたが、何故かアーシャの方に破片が飛んでくることはなかった。

 爆発が起きたにも関わらず、無傷な自分に首をかしげるしかない。


 黒煙が立ち上る中、彼らの姿を探す。

 見ればアルバートが最後の一匹を仕留めたところだった。

 ルーナは爆風に巻き込まれたのか、服が所々破けて血が滴っている。

 カルミアは女性を庇ったのか馬乗りになっていて、慌てて彼女から距離を取っていた。

 盾を装備していたレモラに傷はなく、彼は笑顔でヒポクシーに槍を向けていたのだった。

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