第7話 真相
※今回は圭介視点のお話です。
「おーい!今日はパソコンの電源、そのままにしておいていいってよー!」
俺は緊張で詰まりそうな声を絞り出し、二人に作戦開始の合図を送る。
俺の声が部外者だと思われたその瞬間、今回の任務は失敗に終わる。
失敗した後の作戦なんてない。
成功することしか許されない。
そのくらい、今の俺達は追い詰められていた。
久藤の研究室に残っていた数人の研究者達が、俺の声に気付く。
「ほーい」
「なんだ?メンテナンスか?」
「さぁ?」
突然のことに疑問を抱きながらも、仕事を終えた研究者達は続々とその場を後にする。
"余計なことは話すな。その一言だけを伝えればいい"
それが、サガミさんから送られた俺への指示だった。
ーーー数時間前ーーー
「潜入調査?」
サガミさんの提案に、俺と結鶴は聞き返す。
「潜入たって…どうするんすか?」
「圭介。お前の部隊は?」
「え?暗殺部隊ですけど…」
「作戦立案から決行まで、どのくらいかかる?」
「うーん…、俺はまだ部隊の下っ端なので作戦会議に参加したことはないんですけど、多分先輩達の動きを見てる感じ一ヶ月はかかってると思います。短くても数週間…とか」
「数週間?」
「はい。暗殺部隊なので、潜入するのに敵軍の動きを正確に把握することが不可欠なんです。だからどうしても事前調査に時間がかかってしまって…」
「…そうか」
そう言って、サガミさんはしばらく考え込む。
「潜入するわけですし暗殺部隊の動きを参考にするのは良いと思うんすけど…これから研究所を数週間調べるつもりすか?」
「いや、そんな時間はかけられない」
サガミさんは時計を確認すると、何かを決心したように話し始める。
「作戦の決行は明日の深夜だ」
「…明日の深夜?」
「え、今何時だ?」
「1時」
「もうそんな時間なのか!?」
色んなことがありすぎて時間の感覚が分からなくなっていたが、そんなに経っていたとは。
当然と言えば当然なのだろうけれど。
「明日の24時までに、施設内のできる限りの情報を集めろ。なるべく研究所の人間の動きを重点的にな。集合場所はここだ。集めた情報を元に作戦を練る」
「暗殺部隊が数週間かけてやることを一晩でやるっつーことすか?あたしら三人で」
「そうだ。都古が飲んだ薬はあくまで未完成。いつ何が起きてもおかしくない」
「そりゃそうすけど…」
沈黙が続く。
「…俺達が今やろうとしているのは、敵の情報を盗むことだ。何の危険も伴わずにできることじゃない。できるのは、そのリスクを最小限に抑えることだけだ」
「…。」
「…分かりました。やりましょう!」
俺は真っ直ぐサガミさんの目を見て答えた。
本当は不安だらけの頭だった。
この作戦がいかに危険なのかは、暗殺部隊の俺が一番よく分かっている。
それでも、今はこの作戦に全てを賭けるしかない。
「大した戦力にはならないかもしれないですけど、これでも暗殺部隊の端くれです。俺でも役に立てることがあるかもしれない」
「圭介…」
「あぁ、頼む」
俺は深く頷いた。
「…敵の情報を盗むって言ってましたよね?場所とかの目星はついてるんすか?」
「研究所なら、データを管理している所がどこかにあるはずだ」
「管理室……、可能性があるとしたら施設内の目立たない場所…ですよね。白軍にあるやつも、そういうのは隠し扉になってますし」
俺は校内の構造を思い出しながら話す。
以前任務で調べた黒軍や赤軍の管理室も、かなり分かりにくい場所にあったような気がする。
「なら、まずはその場所を突き止める」
「仮に見つけたとして、どうやって情報を盗むんすか?」
「紙媒体ならまだしも、データは流石に…」
そこで、俺はとあることに気付く。
「そういや俺の鞄は?!」
「あぁ、あたしらのやつはそこにまとめて…」
結鶴が言い終わるよりも先に、俺は自分の鞄を見つけると慌ててチャックを開けて中身を漁る。
「圭介…?」
「あった…!!サガミさん、これ使えませんか!?」
鞄から取り出したのは、小さなUSBメモリだった。
「これとあと、授業用のパソコンがあります!データをUSBに入れられさえすれば、中身を確認できるかと…!」
「…悪くないな…。…分かった、それでいこう」
「…まさか圭介の鞄から授業関連の物が出てくるとは…」
「どういう意味だよ!」
「そのままの意味だ」
俺と結鶴はくだらないやり取りを繰り広げる。
一方で、サガミさんは全く気にする素振りも見せずに考え事を続けていた。
「…圭介、人の動き以外に注意して見るものはあるか?」
「えっ?あ、そうですね……監視カメラの場所とか、死角になる物とか…その辺りは重点的に調べることが多いです!」
「…なるほどな」
そこでサガミさんはようやく立ち上がった。
「…今回の一番の目的は、管理室を探し出して薬の情報を得ることだ。見つけ次第、その周辺を徹底的に調べろ。その後は、最初に話した通りだ」
俺達の作戦が決まった。
「分かりました…!」
「…了解っす」
島津が眠る部屋を後にし、俺達は研究所内の調査を開始した。
ーーーそして現在ーーー
24時。俺達は再び集結した。
それぞれの調査結果を持ち寄り、三人で作戦を練る。
そして午前1時、作戦は決行された。
管理室の場所の特定には無事成功し、中に侵入するべくそれぞれの持ち場につく。
作戦開始の合図を出す役割は俺だった。
周囲を見渡し、任務続行に問題がないかを確認する。
管理室の中では研究者達がパソコンに向かって作業をしていた。
時間帯のせいか、昼間より人数はさほど多くなかった。
作戦の決行に問題はない。
「おーい!今日はパソコンの電源、そのままにしておいていいってよー!」
俺は緊張で詰まりそうな声を絞り出し、二人に任務開始の合図を送る。
作戦通り行けば、この声を聞いた研究者達は自分の業務を終えた後、薬のデータが入っているであろうパソコンの電源を切らずに退出するはずだ。
しかし、ここで俺の声が部外者だと思われたその瞬間、今回の任務は失敗に終わる。
リスクは相当なものだった。
現場に緊張が走る。
「ほーい」
「なんだ?メンテナンスか?」
「さぁ?」
突然聞こえてきた俺の声に、疑問を抱く研究者達。
しかし、思いの外あっさりと状況を受け入れ、作業を終えると続々と管理室を後にしていった。
ひとまずは成功したようだ。
俺は安堵の溜め息をつく。
「まだ終わってねぇ。気を抜くな」
いつの間に背後にいたのか、サガミさんは小声で俺に話しかける。
「っ!!……はいっ!」
驚きで大きな声が出そうになるのをぐっと堪え、俺は答える。
先に入ったサガミさんは中の様子を確認すると、俺達に合図を送る。
俺と結鶴は後に続いて入り、パソコンを一台一台調べていく。
作戦はあくまで、パソコン内にデータが入っている前提のものだった。
予測が外れれば、全てが水の泡だ。
失敗して全滅する可能性だって大いにある。
とんだ博打だった。
でも、今の俺達にそれ以外の道は残されていない。
「……あった…!!」
ついに"島津都古"と書かれたフォルダを見つける。
俺は他のパソコンを調べていた結鶴に知らせる。
結鶴は入り口で見張りをしていたサガミさんに発見の合図を送ると、俺の近くへ駆け寄った。
後は、フォルダ内に入っているデータをUSBに取り込むだけだ。
俺はマウスのカーソルを合わせ、中を開こうとする。
しかし、表示されたのは暗号入力を促す画面だった。
「ロック……?!」
俺の手が止まる。
「…落ち着け。あんたの援護はあたしが全力でする。圭介は、自分が今やるべきことに集中しろ」
焦る俺に、結鶴は力強く声を掛ける。
「あぁ、頼む!」
"しっかりしろ"
自分に言い聞かせ、ロックの解除を試みる。
島津の誕生日、名前のローマ字表記…思い付く限りの文字を打ち込むが、どれも不正解だった。
焦りで、額から汗が流れる。
何かヒントになるものはないかと周囲を見渡す。
すると、デスクの上に沢山の書類が積み重なっているのが見えた。
俺は急いでそれらに目を通す。
すると、手に取った一枚の紙に"薬品コード"と書かれたものが見えた。
「もしかして…!!」
俺は書いてあるコードを打ち込む。
すると、画面にフォルダの中身が表示された。
「開いたっ!!」
俺は急いでパソコンにUSBを差し込み、データの転送を試みる。
25%…30%…40%…
ゆっくりと、表示されているバーが動いていく。
60%に達した、その時だった。
「圭介、作戦中止だ。すぐに引き上げるぞ」
「えっ!?」
背後にいた結鶴は、小声で話しかける。
「サガミさんから撤退の合図だ。多分、研究員達が戻ってきた」
「まさかっ!俺の嘘、もうバレたのか!?」
「分からない…でもここに留まるのは危険だ。行くぞ」
"リスクを最小限に抑えるために、敵に少しでも動きがあれば撤退する"
作戦会議で、サガミさんが言っていたことだ。
もしかしたら、本当は大したことはないのかもしれない。
ここで撤退しなくても、何とかなるんじゃないか。
残り数10%の転送ゲージを見ながら、そんなことを考えてしまう。
「くそっ!あと少しなのによぉ!!」
俺はやむ無くUSBを引き抜きパソコンを元の画面に戻すと、結鶴と一緒にその場を後にする。
例え全てでなくても、今の状況を打破するための情報が少しでも手に入れられていることを祈りながら。
ーーーーーーーーーー
何とか無事病室へ戻った俺達は、早速USBをパソコンに差し込み、中身を確認する。
「途中で引き抜いちゃったんで、入ってないデータもあるかもしれないですが…」
「想定範囲内だ。完全な情報が得られるような期待なんて端からしていない」
「えぇっ!?!?」
あんなに頑張ったのに、とは思ったが、あと少し粘れば最後まで遂行できたであろう作戦だった。
それを途中で切り上げる判断を即座に下せたのは、その考えがあったからなのかもしれないとも思う。
少なくとも、この中で一番その情報を欲しているのはサガミさんのはずなのに。
「中身は……、…使用上の注意事項ってより、薬の作り方がほとんどっすね」
「うわ、俺文系だから記号とかよく分かんねぇや」
やっぱりここには有力な情報は入っていないのか。
そう思った時だった。
「っ!おい、これ…!」
結鶴が指を差したのは、実験結果に基づいた、薬による影響の考察文だった。
「これ…島津の実験はまだ途中だろ?どういうことだ?」
「もしかしたら、都古の他にも被験者がいるのかもしれない」
「えっ?」
「あり得ない話じゃないっすね…薬一つ作るにも、色んな実験が必要らしいすから」
「あー…まぁ確かに、今回のやつだけで完成させるとは考えにくいけど……てっきり島津が第一人者なのかと思ってた」
「これまで何人がこの実験に参加したのかは分からないが…少なくとも、何かしらの不具合が起きたから、こうして今も続いているんだろう」
「じゃあ、今回の実験も…」
「何もなく終わるとは限らない。…いや、むしろその可能性の方が低いだろう。既に実験が終盤に差し掛かっているのなら、話は別かもしれないが」
なら一刻も早く、島津を夢から救い出さなければ。
俺達は急いでそこに書かれている文章に目を通す。
書いてあった内容は
『被験者、及び夢に介入した者は、その世界が現実であると完全に錯覚した瞬間、元の世界に戻れなくなる。そして同時に、そのまま現実世界で命を落とす』
『夢の世界から出るためには、現実世界に帰りたいと薬の使用者が強く願う必要がある』
『夢の世界での精神状態と現実世界での健康状態はリンクしている。被験者と接触する際には細心の注意を払わなければならない』
分かったことは、この3つだった。
「…あの土壇場にしては、十分な収穫だ」
「"現実世界で命を落とす"って…」
「…あぁ、心当たりはある」
恐らく、サガミさんの呼吸が止まりかけた時のことだろう。
「…この薬は、服用者の望む世界に行ける薬だ。構造上、例えそれが現実的なものでなくても可能なはずだ。ただ今回は、土台は都古の記憶から作られている。…あの世界の解像度は相当なものだ。不覚にも俺は、こっちが本当の世界なんじゃないか、このまま終わらなくてもいいと、そう思ってしまった。俺の容態が悪化したのは、恐らくそのタイミングだろう」
「じゃあ、まじで危なかったってことじゃないすか!!」
思わず大きな声が出る。
「…どうして、戻りたいって思ったんすか?」
「…違和感だ」
「…違和感?」
結鶴が問いかける。
「…いくら解像度が高いとはいえ、あくまで空想の世界だ。それなりにボロは出る。夢で会ったじいさんが偽物だと気付いた瞬間、帰らなきゃと思ったんだ」
「…なるほど、そういうことすか」
「…あいつも、本当はとっくに気付いているはずだ。俺に分かって、都古に分からないわけがない。目の前のじいさんが偽物だと分かっているから、夢に取り込まれずに、今もこうして容態が安定している」
「それでも、島津が戻ってこないのは…」
「…それが、今のあいつの望みだからだろう」
"夢の世界から出るためには、現実世界に帰りたいと薬の使用者が強く願う必要がある"
それがもし本当なら、今の状況はかなり絶望的だ。
ずっと会いたいと思っていた人と、再び別れる決断をさせなければならないのだから。
「じゃあどうすればいいんだよ…」
俺は頭を抱える。
それとは反対に、結鶴は力強い声で話す。
「次、あたしが行ってもいいすか」
その目に、迷いはなかった。
「現実世界に戻る方法は分かりました。情報を得た分、最初の時よりもリスクは少ないはずっす。どのみち、こうしてあたしらが直接会って説得する以外に方法もないわけだし」
「…そうだな。分かった」
考えているうちに、話がどんどん進められていく。
ビビってる場合じゃねぇだろ、俺。
「…、…俺も行く!」
「…圭介も?」
「あーほら!万が一夢に取り込まれそうになった時、近くに目を覚まさせてやる奴が必要だろ?それでサガミさんが危うく死にかけたわけだし。…まぁ、島津のおじいちゃんと接点のない結鶴ならそんなことは起きないかもしれねぇけど…」
それっぽい言い訳を並べてみたものの、実際は一人で行く勇気がないだけだった。
それでも、何もしないよりは幾分かマシだ。
「…なら、今回は俺が残る。皆で行ってここに誰も残らないのは、返って危険だ」
「分かりました。都古を頼みます」
「…あぁ、任せろ」
俺と結鶴は、ポケットから例の薬を取り出す。
「これって水無しでも飲めるのか?」
「さぁな。出来なくても気合いで飲め」
そう言うと、結鶴は何の躊躇いもなく薬を飲み込む。
俺は慌てて後に続くのだった。
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