第6話 夢

家に着いた俺達は、三人で夕飯の準備を進めていた。


「えーっとお皿…お皿……おっと、昼に使うたやつが浸けたままになっとったばい」


台所の前で一人言を呟きながら、じいさんは桶から食器を取り出そうとする。


「皿洗いなら俺がやっとくから、そろそろ座れよ」

「ばってん、これしか数はなかけんね。大丈夫ばい。ありがとうサガミ」

「帰ってからずっと立ちっばなしだろ…、ここにある分足せば、おかずを盛り付ける皿は足りるんだろ?」


俺はじいさんの隣に並び、浸けてある食器を指差す。


「そうだよじいちゃん~サガミさっきからほぼ何もしてないから頼んじゃいなよ~」


サラダに使う野菜を切りながら、都古が言った。


「包丁もピーラーも独占してるのはお前だろ。どれも一個しかないのに」

「だってサガミに刃物使わせるの怖いんだもん~」


そう言ってケラケラと笑う。


「サガミは包丁苦手と?」

「包丁がっていうより、全体的に不器用なんだよね~」

「別にそんなことねぇよ」

「え~?この前家でカレー作った時じゃがいも切るのお願いしたら全部形バラバラだったじゃん~指だって何回切りそうになったことか~」

「…あれはたまたまだ」

「あはは、まぁじゃがいもは切るん難しかけんね」


何の変哲もない会話が続き、ゆったりと時間が過ぎていく。

多少の違和感はあったものの、少しずつこの世界に溶け込んでいる自分がいた。

これが現実なのか空想なのか、分からなくなりそうだった。


―――でも、


じいさんが生きている世界線。

三人で食卓を囲える世界線。

そして何より、


都古が見せた、幸せそうな表情。


あんなに心から笑っているあいつを見たのはいつ振りだろうか。

普段から笑顔は見せているものの、その顔はどこか無理をしているように感じていた。


でも、この世界にいる都古の表情は、昔見た顔。あの頃と同じものだった。


それなら、元の世界に戻る理由は何だ?

このまま三人で暮らすのも、悪くないんじゃないか?


そんな風にさえ思ってしまう。


でもその考えは、何気無い会話によって突如打ち消される。



俺は浸けてある皿を洗い始める。

しかし、じいさんはその場から動こうとはせず、静かに俺の様子を見ていた。


「…なんだよ、別に割ったりしねぇよ」

「…サガミ」

「ん?」

「大きゅうなったなぁ」

「……え?」


俺は思わず皿を洗っていた手を止める。


どうして、"じいさんがそんなこと"を言うんだ?


「サガミ~ご飯の量大盛りでいい~?」


いつの間に野菜を切り終えたのか、三人分のご飯をよそいながら都古が聞く。


「あ、あぁ」


俺は反射的に返事をし、再び食器を洗い始める。

水を拭き取り、追加した皿に都古が切ったサラダを盛り付け、配膳をした。


「それじゃあ~…いただきまーす!」


嬉しそうに両手を合わせ、食べ始める都古。

その言動はどこか幼く、まるで子どものようだった。


「ちゃんと噛んで食べな詰まってしまうよ、都古」

「えへへ…三人で食べられるのが嬉しくて、つい~」


そう言って、ふにゃりとした笑顔を見せる。


「そうだサガミ!都古がいつも行ってるカフェに新しいアルバイトの子が入ったの~!」

「…カフェ?」

「そうそう~!その子がすっごく可愛くてさ~ほんと見てるだけで目の保養って感じなんだよね~」

「…そうか」

「サガミにも会ってほしいくらいだよ~今度一緒に行く~?」

「なんで俺が…」


そう言いかけた時だった。

脳裏に、とある女性の姿が浮かんだ。


その人は……カフェ店員だった。


「どげん人と?」

「ん~?えっとねぇ~…」

「……茶髪のポニーテールに、身長はやや低め…」

「えぇっ!?!?なんでサガミが知ってるの~!?」


間違いない、俺はその人に会ったことがある。

でも何故?いつ?どこで?



その瞬間、俺は全ての出来事を思い出した。

何故ここに来たのか、何故都古を探していたのか。全部。


「ねぇサガミってば~!」

「…都古、帰るぞ」


俺は椅子から立ち上がり、都古の腕を掴む。


「えぇっ!?」


どうしてと言わんばかりの目をこちらに向ける。

その時。


「サガミさん!!!!」


聞き慣れた声が頭に響いてくると同時に、目の前の景色が一変する。


ゴンッ!!


視界に圭介の顔が映ったその直後、額に鈍痛が走った。


「っつ…」

「おわぁっ?!大丈夫ですか?!サガミさん!」


勢い良く起き上がった拍子に、俺の顔を覗き込んでいた圭介の頭とぶつかったようだ。


「良かった…!!生きてる…!!」

「大丈夫すか?サガミさん」

「…あぁ」

「すいません、俺、昔からスッゲー石頭で……痛かったですよね」

「…大丈夫だ。おかげで目が覚めた」


俺は辺りを見回す。

部屋には俺と結鶴と圭介、都古の4人しかいなかった。


「…戻ったか」

「え、戻ったって…」

「…、…都古に会った」

「…都古に?」

「…あぁ」


俺は夢で見た全ての出来事を話した。

そして、結鶴から今回の実験の詳細を告げられる。


「じゃあ、薬の開発は成功していたってことですか?」

「どうだろうな。結鶴の話していた久藤の計画が本当なら、今回の実験は俺が途中で麻酔針を引き抜いた時点で失敗だろう。…まぁ、都古の夢に干渉することはできていたから、完全な失敗とは言えないが」

「そう…ですよね」

「俺が眠っている間、おかしなことはなかったか?」

「ありましたよ!!!」


圭介は何かを思い出したように大声を上げる。


「急にサガミさんの呼吸がどんどん浅くなっていったんですよ!!このまま止まっちゃうんじゃないかってくらい!!」

「…呼吸?」

「まーじで焦ったんすから!!!」


一体どのタイミングで起きたのだろう。

少なくとも、夢にいる間に息苦しさを感じたことはなかった。

現実世界と夢の中では、体の容態はリンクしていないのだろうか。


「…そうだこれ、久藤からの預かり物です」


そう言うと、結鶴は3錠ずつに分けられた錠剤をポケットから取り出した。


「なんだこれ?薬?」

「今回の実験であたしらが使う薬。これを飲むと、都古の夢に干渉することができるらしい。安全を考慮して、一人3回までしか使えないそうだ」

「そういうところはちゃんとしてんだな…」

「意図的ではないにせよ、サガミさんは一度薬を使用しているので、あと使えるのはこれだけだそうです」


そう言って結鶴は俺に2錠の薬が入った袋を渡す。


「…チャンスは二回ってことか」

「じゃあ、次俺か結鶴で行きますか?」

「…いや、俺の呼吸が弱くなった原因が分からない以上、規定量の薬を飲んで挑むのは危険だ」

「なら、どうするんすか」

「久藤は研究者だ。実験の過程を何かしらの形で残しているはずだ。まずはそれを盗み出して、情報を掴む」

「盗むったって…どうやって?」

「…潜入調査だ」


俺は二人に、とある作戦を提案する。

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