第5話 残された者

※今回は圭介視点のお話です。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





それは、あまりにも一瞬の出来事だった。

一瞬すぎて、目の前で何が起きたのかすぐに理解することができなかった。

でも、俺が向けた銃口は、確かにサガミさんを撃った黒服の男を捉えていた。


どうしてすぐに引き金を引くことができなかったのだろう。

あいつよりも先に俺が撃っていれば、こんなことにならないで済んだのに。

でも、理由は明白だった。


「圭介!」


結鶴の声が聞こえて、はっと我に返る。

気が付くと目の前に久藤達の姿はなく、静まり返った病室で、島津に繋がれている機械音だけが鳴り響いているだけだった。


「…結鶴、」

「…やっと反応した。立てるか?」


俺は拳銃の引き金に指を添えたまま、その場に座り込んでいた。


「…あぁ、悪い」


結鶴に手を貸してもらい、ゆっくりと立ち上がる。


「…あいつらは?」

「研究室に戻った。黒服の死体も、跡形も残らず綺麗に片付けて、な」

「…そっか。悪いな、ちょっとボーッとしちまったみたいで」


そう言って、俺は俯く。


「……まだ克服してなかったんだな。ま、標的の近くにサガミさんがいれば、尚更か」

「……。」


とある任務の日、俺がサガミさんの足に銃を誤射してしまった時から、俺は人を撃つことができなくなった。

あの出来事が、完全にトラウマになってしまったのだ。


「…悪い結鶴。俺が戸惑ったせいで、サガミさんが…」

「気にすんな。それに、あそこであんたが撃ってたら、サガミさんは確実に久藤を殺してた。そうなったら、もう都古を救う手立てがない。寧ろ、撃たなくて正解だった」

「…、……ありがとな、結鶴」


俺は、ようやく顔を上げることができた。


結鶴は仰向けに寝かせられているサガミさんの方へ目を向ける。


「久藤曰く、黒服が撃ったのは都古が飲んだ薬と同じ成分が含まれている麻酔銃らしい。針は撃たれてすぐサガミさんが自分で引き抜いていたから、体に入った量はそこまで多くはないと思うけど…」

「島津が飲んだ薬って、一体何なんだ?」


俺は、ずっと疑問に思っていたことを聞いてみる。


「久藤が言うには、"理想の世界に行ける薬"」

「理想の…世界?」

「…今の都古は、夢を見ているんだ。開発途中の薬にすがるほど、行きたい世界の」

「そうまでして、島津が見たい夢って…」


俺は少しの間考え込むが、ピンとくるものが浮かばない。

同じクラスであんなに喋っていたのに、俺は全然島津のことを理解していないことに気付く。


「サガミさんが受けた麻酔銃は確かに都古が飲んだ薬と同じ成分が含まれているけど、こっちは"理想の世界に行ける薬"ではなくて"都古の夢に干渉する薬"みたいなんだ」

「干渉する薬…?」

「これも開発途中だから上手くいってる保証はないけど、無事に機能していれば、サガミさんは今都古が見ている夢の中にいることになる」

「じゃあ、俺達がここに呼ばれた理由って…」

「…久藤は、『君達の任務はただ一つ。…彼女を、夢から連れ戻して来ることだ』と言っていた。多分これは、あたしらが都古の夢の中に入って、現実世界に連れ戻してこいって意味だと思う」


結鶴はさっきまで起きていた会話を思い出しながら話をする。


「何だよそれ…夢に連れていける薬があるなら、帰れる薬もあるだろ?」

「…そんなもんがあるなら、こんなめんどくせぇことしねぇよ、あいつも」


結鶴の声から、怒りの感情が伝わってくる。


「てことは何だ、島津の夢に行ける確証のない薬で助けに行けってことか?そんな無責任な話あるかよ…島津が無事に夢を見れているのかも分からないんだろ?」

「…あいつなら、そのくらいのリスクは分かっていたはずだ。それを承知の上で使ったんだ」


そんな大事な話を聞き逃していたなんて、俺はどのくらいの時間気が動転しちまっていたんだ?

自分の無力さに嫌気がさす。


「…とりあえず、サガミさんを向かいの部屋に移動させよう。ずっとここに寝かせておくわけにもいかないしな」

「あ、あぁ…それもそうだな」


俺はサガミさんの元へ行き、ゆっくりと上半身を起き上がらせる。


しかしその時、とある違和感を覚えた。


「……?」


俺の動きが止まる。


「…どうした?」

「…なぁ結鶴、お前って……保健体育得意か?」

「はぁ?何の話だ」

「いや、俺の勘違いだったらいいんだけどよ…、……サガミさんの呼吸、なんか浅くねぇか?」


結鶴も近付き、容態を確認する。


「……どういうことだ、これ…」

「やっぱ変だよなぁ?!普通じゃないっていうか……まさか、薬の副作用……?!開発は失敗……?!」


気持ちは焦るばかりだった。


「落ち着け、圭介」

「なぁ、こういう時って心臓マッサージとかした方がいいのか?!でも、止まってるわけじゃねぇし……」

「あたしも救護班じゃねぇから専門的なことは…」


落ち着こうとすればするほど気持ちは焦っていく。

俺は、ひたすらサガミさんの名前を呼び続けることしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る