発端

夏休み明け。まだ蒸し暑い登校初日。数日前からずっと憂鬱だった。なにかの奇跡で、いじめがなくなっていないだろうか。そんなことを心に願いながら、教室の扉を開ける。


驚いた。


私の机に、落書きがない。持ち物もなくなっていないし、どういうことだろう。

「五十嵐さん。」

わたしがあたふたとしていると、話したことのない女の子の声が聞こえた。

「ねえ、メイク…してるよね。前から思ってたけど、五十嵐さんって結構かわいいよね。」

どういうことだ。クラスメイトに話しかけられている、それどころか、褒められている。困惑して周りを見渡すと、誰かがこちらを見て笑っている様子もない。

「あ、ええと、ありがとう。ごめんな、なにか用?」

話しかけてきた子の顔に目をやると、私をいじめていたグループの女の子たちだった。少し気まずそうな顔をして、私の顔色を伺っている。

「今日、良かったら一緒にお昼ごはん食べない?」

なぜ。吐き気がした。つい一ヶ月前までは、私を嘲笑っていたその顔に、今では純粋な笑顔を向けられている。理由もわからず、うん、と答えるしかできなかった。


それから数日後。例の彼女たちとはなぜか仲良くなってしまった。

「美琴ちゃん!今日、買い物行こうよ!」

「あーごめん、今日予定あるの。」

そう。今日は夏休みが明けてから初めて、咲に会う。つまり、初めてわたしが自分でしたメイクを彼女に見せるのだ。少しというか、かなり緊張している。それでも、とても楽しみだ。今日は、私が迎えに行こう。そう考え、C組の教室へ向かう。


勇気を出して、教室の外で話しているグループの女の子たちに話しかける。

「あ、すみません、中島咲さん、呼んでもらえますか?」

すると、そのグループの全員が目配せをした。

「あー、多分保健室。てか、あんた多分五十嵐だよね?あいつと関わらないほうが良いよ。」

その瞬間に、すべてを理解してしまった。いじめの標的が変わったのだろう。私をいじめていたグループの主犯格は、浜松夏樹。私のクラスの男子だ。いわゆるクラスカーストでいうと、トップのグループに属している。そのグループ全体にいじめられていた私は、当然クラスに居場所などなかった。返事もせず、私は保健室に向かった。


「咲、いる…?」

保健室に入ると、先生はいなかった。1つ、カーテンのしまっているベッドがあった。近くまで歩いていくと、中島、と書かれた上履きがおいてある。

「咲、あけるよ?」

カーテンをあけると、咲は、いた。

「美琴、えっと…」

言葉に詰まる咲は初めて見た。たまらず、彼女を抱きしめた。

「ねえ。私のときは相談しろって言ったくせに。あんたのがバカだよ。」

咲は、私の肩で泣き出した。

「だって、迷惑かけたくなくて…。」

ああ、私だってそうだった。ようやく咲の気持ちがわかった。


私にはどうしようもなかった。いつも迎えに来てくれた咲とは、放課後、カフェで待ち合わせして会うことになった。私と関わると、また美琴が危ないから、って。仲良くなったクラスメイト達が、ある日言っていた。

「浜松くん、最近やばいらしいね。」

やばい、か。そんな言葉では収まらない。私のときにはなかったはずの、暴力。咲は、会うたびに傷を増やしていた。私のために犠牲になった咲。放っておける理由がなかった。色んな先生に相談した。けれど、私の力じゃどうにもできなかった。せめて、咲の夢を応援するため、放課後に会って、勉強を一緒に頑張って、たまに咲の家に行っては抱きしめて。咲はその度に泣いていた。何もできない自分が許せなかった。もう、神様に祈るしか無いんじゃないだろうか。


「ねえ、久しぶりだね、ここの神社。」

「1年の時ぶりだもんね、ねえ、美琴、これほんとにのぼるの…?」

高校3年生の夏。今日もセミが鳴いていた。あのとき咲に手を引かれて登ったこの階段。

「ほら、いくよ、うちらまだ若いんだから。」

今度は私が手を引いて、階段を登った。


「合格祈願かぁ、こんなちっちゃい神社で平気かなぁ。」

「あんたが今まで頼ってきた神社でしょうが。」

二人で並んでお願いごとをする。2年前のあの日のように。色々なことが変わってしまった。せめて、彼女と一緒にいることくらい。私は、神様に彼女の幸せを願った。

「美琴、受かると良いねえ。」

「何いってんの、咲も一緒に行くんでしょーが。」

二人で笑い合って、次の日からはまた、変わらない日々を送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る