真夏
蝉の声で目が覚めた。ココ数ヶ月は毎日電車でそこそこの都会に通っていたが、突然学校がなくなると、毎日そこそこの田舎で過ごすわけで、その落差でなんだか現実感がない。体を起こし、リビングへ向かう。あれ、誰もいない。時計に目をやると、もう14時だった。まずい。大寝坊だ。いつもは自然と6時頃には目が覚めるから、アラームをかけていない。しかも今日に限って咲と会う予定がある。ようやく覚醒してきた頭を精一杯働かせ、やるべきことを整理する。あと30分で家を出なければ。
「お、美琴〜!久々だね!ほら、あがって!」
そう言って手招きする咲は、制服ではなく私服を着ている。そう言えば、初めて見るな。
「うん、おひさ〜、そういえば咲の私服初めて見るかも。」
他愛もない話をしながら、咲の部屋まで案内される。扉を開け、通されたその部屋は、意外にも青と黒でまとめられた部屋だった。それでもベッドには可愛らしいぬいぐるみが並んでいて、咲らしさも見つけられた。そして何よりも、本棚に並ぶ本の量と、その一部分を占める参考書のいかつい字面が、この部屋の主は中島咲であると教えてくれた。
「そこのクッション使っていいからてきとーにすわって〜、お茶持ってくるからちょっとまっててね!」
そう言って部屋をあとにした咲。私は部屋を見渡す。なんというか、思ったよりごちゃごちゃしている。ベッドに並ぶぬいぐるみと、机に置かれたコスメの山を除けば、男の部屋と言われても気づかないレベルだ。無造作に置かれたコスメの山を眺める。私も高校生になっんだし、メイクの1つくらいできるようになるべきかな…。なんて考えながらボーッとしていた。かちゃ、とドアの開く音がした。
「おまたせ〜、ほい、お茶!あ、ごめん、化粧道具だけはどうしても片付かなくて…別に雑に扱ってるとかではないんだけどね!?」
必死に言い訳する咲に、少しわらってしまう。
「いや、片付いてないな〜とか思ってないよ、単純に私化粧しないから、ちょっと気になってさ。」
「え、ねえ、美琴、化粧してみない?」
そう言って咲はコスメを漁りだす。カチャカチャ、と色々取り出しては、何かをしまったり、私には何がなんだかわからず、ぼーっと眺めることしかできなかった。
「ココらへんとか、似合うと思うんだよな〜」
「化粧かぁ、そろそろできるようになんなきゃかなあとは思ってるんだけど、なかなか勇気でなくてさ。」
「なるほどね。あんた顔良いんだからメイク、しちゃおう。断られてもするから。はい、そこ座って。」
「別に断わんないよ、むしろありがたいくらい。」
そう言って指示された場所に座ると、咲は私の正面に座り込んだ。
綺麗。
今まで、人の顔をそこまでよく見つめることはなかったから、咲の顔も、きちんと見たことはなかった。今日も目元は相変わらずきれいなピンクで飾られていて、私と会うためだけにメイクをしてくれたんだなと思うと、素直に嬉しかった。茶色い瞳が窓から差し込む陽の光にてらされて、すごく綺麗だった。なんだか照れくさくなって目をそらしてしまった。
「あ、恥ずかしがってるこの子」
「うるさい、早くメイクして、じゃないと日本史はじめるよ。」
軽口を叩けるこの関係が心地良い。私の目の前にいつの間にか並べられたコスメたちは、可愛らしいデザインで、素敵な色ばかりで、目を奪われた。
「ベースメイク系は私に合うやつしかないから、今日はこれで勘弁して。今度、一緒に買いいこ。」
「え、いいの!メチャ楽しみ。」
咲とともに時間を過ごすうちに移っていた口癖に気づき、笑ってしまう。
「最近、美琴ギャル感ましましだね?あ、ねえ、これ可愛くない!?」
そう言って咲が指さしたのは、おそらくアイシャドウ。綺麗な色が並んでいて、私でもワクワクしてしまう。それは、いつも咲の目元を飾っているピンクより少し深いピンク。これなら私にも似合うかな、なんて思った。
「なんか、宝石みたいだね。」
「そうなの!見てるだけワクワクしない?」
そうか、女の子がメイクを楽しいと言っているのは、こういう気持ちなのだろう。初めてわかった。でも、いいのだろうか。私みたいな人間がこんなきれいなものを身にまとって。
「あ、美琴いまネガティブなこと考えてるでしょ!」
咲は人の感情に敏感だ。本当に些細な感情も読み取られてしまう。
「できた!」
そう言って得意げに笑う咲。鏡を渡されると、びっくりした。初めてしたメイク。可愛いかもしれない。
「ほらね、あんた元の顔が良いんだからやっぱめっちゃうまくできた!あ、そうだ、このワンピース、絶対似合うからきなさい。」
「んーよくわかんないけどなんか、いい気がする。」
「ねえ、バカの感想やめなよ。てか!せっかくメイクしたんだしどっか遊び行こうよ!1日くらい勉強サボっても怒られないよ!」
クーラーのガンガンに効いた部屋で、のんびり過ごしたこの1時間。たしかに、今日はいい天気だ。たまには散歩でもして、ストレス発散するべきかも。なんて言い訳をして、机に広げたテキストから目を背ける。外に意識を向けると、蝉の声に気づく。うわ、絶対外暑いなぁ。けど、咲と一緒だし、いっか。
「ねえ、こっちどう考えても山だよね…。」
言われるがまま、咲について行くと、どう考えても町の外れに向かっていることに気づく。駅前に向かうと思っていた私は、咲が何を考えてるかよくわからず、困惑していた。
「ちょっと行きたいとこあって!あ、疲れた?この先に自販機あるから、なんかジュース買お!」
この子は本当に眩しい。本当に同い年なのだろうか。
「はい、ここ!めっちゃ良くない!?」
気づいたら、30分、ほぼ隣駅まで歩いていた。つまり、私の地元だった。そして、そこは私が小さい頃から夏になるとお祭りのために訪れる山奥の少し大きな神社だった。
「ここ、結構よく来るよ、毎年お祭りやってるよね。」
「あ、確かに美琴の地元こっちか!ここ、昔からよく来ててさ、なんの神様が住んでるか知らないけど、よくお願い事しにきてるの!」
「えぇ、そんなふわふわした感じで願い事叶えてくれるの、神様って…?」
「割と叶えてくれる!」
そう言って、確実に登りきったら息が上がりそうな階段を登り始める咲。わたしが少し渋っていると咲が私の手を握った。
「ほら、いくよ!」
手をつなぐと、初めて話したあの日を思い出す。もう夏だ。なんとなく空を見上げると、入道雲がこれでもかというくらい主張していて、なんだか、切なくなった。相変わらずずっとセミが鳴いているが、さっきまで聞いていた鳴き声とは少し変わって、なんか風流だな、なんて考えていた。
「何お願いしたの?」
「美琴が、楽しく学校で過ごせますように、って!」
「そういう美琴は?」
「うちらが大学受かりますように、って。」
「だろうと思ったよ…。」
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